第14話 エピローグ
と思っていたけれど、全くそんなことはなかった。
2学期が始まって1週間後。
「四天から移ってきたショーコってんだ。とりえはケンカ。よろしく」
担任も含めて、教室全員が絶句した。
「ちょっと、ユーハの友達なんでしょ? どーゆー人なのあれ?」
ケーコの小声に「やあ、まあ」とか適当に答える。もうちょっと普通に行けよ、ショーコのバカ。
9月の教室で、私たちは最初のランチを開いた。男の子用に作られた3つの巨大な弁当箱を見て、周りがくすくす笑ってる。ネコとショーコはまったく気にしていない。こいつらには運動神経以外の神経は無いんだろうか。無いんだろうなあ。
「ヨハネは学費安いな。進学もできそうだし、最初から来りゃ良かったよ」
「最初から来てたら、最悪の関係だったろうけどな」
「もともと最悪だったんだから、それ以上悪くならないわよ」
「ケンカ売ってんのか。殺すぞ」
タコさんウィンナーを分けながら、3人でガンを飛ばし合った。
そして2週間後。キッカ先輩がタブレットPCを読み上げた。
「えっとねー、再来月にサルバドールジム主催の学生大会があるのね。で、参加条件は高校生、以上! 生意気にサラも出るから半殺しにしようね! ヨハネの登録はボクでしょー、ネコでしょー、ショーコでしょー、で、ユーハと! 今回はたくさんだね! ボク感激だよ!」
「へ? 私も?」
「あったりまえじゃないか。ユーハちゃん、今、筋肉ついてて60キロだよね。56キロで勝手にエントリしたから死ぬ気で走ってね!」
「えーっ!」
そしてスポーツの秋。さいたまのアリーナに強制連行。今、私の目の前では48キロ級の準決勝が終わった。ショーコが大差の判定で相手を下し、次は決勝でネコとの勝負が決まった。
「そろそろわたくしも準備いたしますわ。これを預かってもらってもよろしいかしら?」
サラさんが頭をかしげると、私の膝の上にシーサー君が転がり落ちてきた。今回はキッカ先輩とサラさんが52キロ級でエントリーしてる。私だけが他とかぶらない階級だ。
だったら優勝できるだろうか? 多分、まだ難しい。でも、ひょっとしたらチャンスがあるかもと、こっそり思っていた。そう思うだけの理由が、今はあった。
膝の上に乗ったシーサー君の頭に、ぽんと手を乗せた。
「ねえ、シーサー君」
「なんじゃ」
「前に私が渋谷で大学生殴っちゃったとき、お巡りさんに話つけてくれたの、シーサー君だったのよね。あのお巡りさんも、獅鷹流の門下生なんでしょ?」
「もう覚えておらんよ、そんな事は」
シーサー君はこちらを見上げずに、ぼそっと答えた。
「サラさんの道場での合宿も、ずいぶん前から根回ししてくれてたんでしょ?」
「サラがキッカと会いたそうにしていたからじゃよ。キッカもたまには沖縄に行きたいと言っておったしの」
「ショーコと私がケンカしてるとき、あのタイミングでネコが駆け込んだのは?」
「偶然じゃろ」
「ショーコの元彼に会いに行ったとき、助けに来てくれたのはどうして?」
「どうしてかの」
私はシーサー君を抱きしめた。ちっちゃな怪獣の温もりが、両腕に伝わってきた。
今ならわかる。一つの技術も教えてくれなかったけれど、こいつは私にとって最高の先生だったんだ。高校生になって、私は大きな一歩を踏み出した。このコーチは、私に友達と一緒に歩くことを教えてくれた。
茶室の掛け軸のへたくそな字。あれはシーサー君が書いたんだ。歯で筆をくわえて、半紙の上を歩きながら。前に進めば痛くない。それはただの格闘技のお題目じゃない。シーサー君が心を込めて伝えてくれた、私たちが大きく飛躍するための言葉だったんだ。
平和な女子高生活じゃないけれど。
予想していた毎日は来なかったけれど。
私はそれよりもずっと価値がある今を手に入れた。
少したってから、騒がしい声が鼓膜を叩いた。
「ユーハ、時間だ! 行こうぜ!」
ネコが駆け込んでくる。あたしの脇に手を入れて引いた。ショーコが汗を拭きながら戻ってきた。3人で控え室へ向かう。いよいよか。
柔軟体操を終えて軽く汗をかいてから、レガース、グローブ、ヘッドギアをつける。前の試合が終わり、私の最初の舞台に向かって、重々しくドアが開いた。周りはぎっちりと観客、観客、観客。ライトアップされたリングの向こうに、私の対戦相手がいる。
「ユーハ、ファイトー!」
ケーコたちの声だ。私が右手を高く上げる。意外な事に、クラスの連中も結構来てる。避けられてたのかと思ってたけど、そうでもなかったのかな。
相手がリングに入ってきた。
気の強そうな顔立ちに、よく鍛えられた体格。勝てるかな? わからない。でもこっちだって、がんばって練習してきたんだ。
「必ずリードの左から組み立てて、行けそうなら右のハイ狙いな。組み付かれても抱えないで足引けよ。あと、負けたら殺すからな」
ショーコが私の肩を抱いて言った。
「落ち着いてけよ! 下がんじゃねえぞ! このあたし様がついてっからな!」
ネコが反対側の肩を抱いて言った。
「はいはい。ま、やってみましょうかね」
苦笑いしながら赤いグローブをたたき合わせ、胸の前で十字を切った。
初めての格闘技だ。
胸の高まりが止まらない。
気を奮って、力を出し切ろう。
いい試合ができるように。
前に出られるように。
私を友達にして良かったと、こいつらに思ってもらえるように。
(完)
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