塒へ

(ん……これは獣道……?)


 服を着てから二時間ほど歩き、ふと地面を見ると草木の不自然な隙間が線となって伸びていた。


 目を凝らしてよく調べると、靴の跡らしきものをいくつか発見する。

(人間か。でもこんな所に?)

 興味をそそられたクレマンティーヌはその道を辿って歩き出した。


(流石に罠って事は無いだろうけど……)

 とっさの時に対応するためスティレットを握りしめながら注意深く進んでいく。

 しばらくすると進行方向から人間の集団の気配がしたため、素早く藪に隠れた。


 葉の間からその集団を見やる。

(四……五……六人か。身なりからして賊だな。期待はずれ……いや、そもそも何を期待してたんだろう。私は)

 クレマンティーヌは心の中で密かに自嘲した。


 やがて話し声が聞こえる距離まで集団が近づいてきた。そちらに聞き耳を立てる。

「……団長も用心深いにも程があると思うんだよなぁ。もうアジトを変えるなんてよ」

「そうだよな。ウチにはあのブレイン・アングラウスが居るんだから、もっと大胆にやるべきだと俺ぁ思うね」

「ブレインさんなら例え冒険者達が来ても余裕で返り討ちだしな」

「ビビり過ぎだぜ」

「まったくだ」


(ブレイン・アングラウス? あのガゼフ・ストロノーフと互角に戦ったという剣士か?まさか盗賊なんかに……あんまり人の事は言えないけど)


 クレマンティーヌはおもむろに藪を抜け出ると男たちの前に立ち塞がった。

「ちょっとあなたたち。そのブレインって――」


 闖入者の出現に、集団は色めき立って吠え出した。

「なんだ、てめぇ!」

「怪しい奴だぜ」

「顔を見せやがれ!」


(はぁ、めんどくさい)

 クレマンティーヌがフードを取ると、男たちの顔がまず驚きに変わり、すぐに下卑たものへと変わっていく。

「げへへっ、姉ちゃんブレインさんに何か用か?」

「勿論会わせてやるぜ?」

「まあ、ブレインさんの前に俺たちの相手をしてもらおうかね」


(またこの展開か……)

 今まで何度も同じような事があった。だが英雄級の殺戮者であるこの美女に手を出そうとした男達の運命は常に決まっていた。


「相手にもならないのに相手しなくちゃならないなんてね」

 クレマンティーヌは目前の二人の男の間に素早く駆け寄ると、両の手のスティレットをそれぞれの眼に刺し入れた。


「え?」「な、なんだ?」

 理解が追い付かない後ろの二人にも同様にスティレットが刺し込まれた。


「こ、こいつ!」「ひいっ」

 更にその後ろの二人のうち、左に居た男はなんとか抜剣したが、出来たのはそこまでだった。その男の心臓を貫いたスティレットを抜きながら最後の一人の方を振り返る。


「ひいいいいっゆ、ゆる、ゆるしてえっ」

 ものの数秒で仲間が全員肉の塊と果てた。目の前の男はそれが意味する事が解らない程の馬鹿ではなかったようだ。膝をつき、拝むようにして自分の命を乞うている。

 

 クレマンティーヌは男に近づき、肩を刺した。

「ぎゃあああああああっ!」

 汚らしい絶叫が上がる。

 

「…………やっぱりそうか」

 クレマンティーヌは血の付いたスティレットを見つめながら呟いた。

 

(とりあえず分かった事が二つ。私はもう以前ほどには強くない)

 

 復活魔法によって蘇った場合、以前より筋力や魔力など、その者の能力が少し下がってしまう事が知られている。クレマンティーヌは先ほどので自分にも弱体化が起こった事を認識した。

 厳密にいえば死亡時のペナルティによる、経験値消失に伴うレベルダウンである。しかし、1レベルのダウンであるため、クレマンティーヌが未だこの世界に於ける最強の人間の戦士である事に変わりはない。

 

(そして……私はもう拷問も殺しも楽しめない)

 

 かつてのクレマンティーヌなら、なるべく全員を不具にしてからゆっくり拷問を楽しんだだろう。だが、今回そんな気は全く起きなかった。最後の男の肩を刺した時に湧き上がったのは、あの暗い悦びではなく、むしろ微妙な不快感だった。

 快楽殺人者としてのクレマンティーヌは死んだのだ。夜のエ・ランテルの墓地で。

 

 男に視線を戻すと、肩口を押さえてまだ喚いていた。

「大げさだなー。そんなに深く刺してないでしょ。それよりあなたたちのねぐらに案内してよ」

 

 刺剣の先を向けながら無表情でそう言い放つ女に、男は顔を引きつらせて笑った。

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