クレマンティーヌが愛を知るまで
山西
蘇生
無音。
静けさと空虚さだけがただひたすらに広がっている。
そんな深い海の中をクレマンティーヌは漂っていた。
感覚は鈍い。手も足も全く動かない。動かす事ができない。
時折、凝ったような粘性を持つ波が体を舐め回していく。
手足が動かぬ理由を確認しようとそちらに目をやるものの、不思議にも自分の体を見つける事ができなかった。
仕方なしに視線をぐるりと巡らせると、遠くで仄かな光が明滅を繰り返しながら揺らめいている。
水面だろうか。
自身がその方向に引っぱられる微かな感覚に同期して光は徐々にその大きさを増していき、辺りは明るくなっていく。
あそこまで行けば何かあるのだろう。
そう思い、しじまの中を
自分は邪悪なものに汚されてあの向こう側からここに落ちてきたのだ、
―――と。
間を置かずにクレマンティーヌの心はかき乱される。
不安、焦燥、後悔、そして――――恐怖。
恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
正体が瞭然としないがゆえに純粋な濃度を有する恐怖。
光の先から漏れ出たその奔流が思考を鷲掴みにし、塗りつぶしていく。
嫌だ。向こう側に行けばあれらをまた直に味わうことになる。
手ならぬ手でもがき、足ならぬ足でばたつこうと必死になるが、全ては徒労に終わった。
無情にも光は近づくにつれその引力を強くし、ついには眼前まで迫っていた。
一面が眩しいまでの輝きで染め上げられる。
光に飲まれる直前、逃れようと反射的に暗い方向――水底に視線を向ける。
そこでクレマンティーヌは見た。
漆黒の底が幾峰にも鋭く盛り上がり、その頂から生えた無数の白く細い手がこちらに向かって伸びてくるのを。
あれは―――そう、断絶。虚無。終焉。つまり―――死だ。
あの骨の腕たちに抱かれて私は終わるはずだった。
はずだったのに。
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