第10話

「はい、じゃあ今日からこの教室の仲間になりました、アリスさんですー! 」

「がるるるるるるる……………」

「はーい、威嚇しない威嚇しないー」


うわあ。山下先生大変そうだなー。まあ押し付けたのは俺だけど。


今黒板の前では制服を着たアリスさんが暴れている。気絶している間だったので着せることは簡単でした。もちろん女子に頼みましたよ?念のため。


そして、それを止めようとしているのはこのクラスの担任。山下先生である。長い黒髪におっとりとした目元が相まって癒し系と男子達の親衛隊があるくらいに人気の先生だ。本来白衣の前は閉めるのが普通なのだが先生の場合は入り切らないので開けている。何かとは言わないが。


「ちょっと!あんた何涼しい顔してんのよ!」

「いや、だってこうなるのわかってましたし。あ、制服サイズ大丈夫でした?それよりちっちゃいの見つからなくて」

「ちょっとダボダボしてるわよ!きいいいいいいい!?」

「はい、静かにしましょうねー」


彼女の叫びを止めたのは傍らにいる山下先生である。どうやって止めたかというと、


「新しい鎮静剤開発したので実験台が欲しかったんですよねえ……………」


妙にうっとりしている山下先生を見ればわかると思う。白衣の下には何本もの注射器を携えており、栄養剤鎮静剤消毒液回復薬媚薬その他もろもろ。何でもある。頼めば作ってもらえる。


くてん、と力の抜けたアリスさんは空いている席に座らされた。ちなみに僕の後ろ。傍から見ると死んでいる人のようだ。怖い。


そんなこんなあって午後4時。授業の途中でアリスさんが魔法行使による騒動が起きようとしたが呪文唱えている時に首へチョップ。今日四回目の気絶。しかし先生は動じない。


基本的には科学者の卵を集めるために作られたサイエンスアカデミアとてもいうべきこの学校の先生はモノホンの科学者である。時折普通の英語だの社会だのもやるが1週間に一度ほど。それだけ国はここに期待をかけてる。


そんな考えをしていたらいつの間にか山下先生が帰りのHRを始めようとしていた。


「さて、そろそろHRを始めましょう。日直の……………え……………と……………」


ん?


「僕ですよー?せんせー?僕の名前覚えてないとか言いませんよねー!?」

「ああ、魔術師くん。号令を」

「名前はー!?」


まさかのここで新事実登場。自分の名前が知られていない。確かに魔術師という称号は国からつけられたのだからそちらの方が印象が強いのはわかるがクラスの生徒なんだから覚えてしかるべきでしょう!?


「先生のこと酷いと思わないか?」

「あ、ああ。そ、そうだな!俺もそう思うぜ!」

「そうだよねー!」


まさか誰にも俺の名前覚えてもらってないなんてことないよな……………?これはもう認識外に俺がいるとしか……………はっ!?


「アリスさん!?」

「やってないわよ。大体もう九月なのよ?半月たって覚えられてないってあんたどんだけ」

「だっだまれ!」


くっ、しょうがない。ここらで自己紹介といこう。


「僕の名前は、」

『緊急連絡。魔法使いが現れました。この学園に入ることは条約によって禁止されています。よって今回の侵入者は敵です。速やかに迎撃してください。繰り返します。速やかに迎撃してください』

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「やべえ魔術師がキレたみんな逃げろ!?」

「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


全員が教室の外に出たのをぼんやり感じながら白衣の下からいくつかのカプセルを取り出す。一つ口に放り込み、告げる。


「方陣起動!」


カプセルにより急激なホルモンの操作。筋力、動体視力、反射速度。その他もろもろの身体的ポテンシャルを上げると同時に四肢に仕込まれた魔方陣を起動。体に薄い膜のようなものが張ってそれが体の動きをサポート。と同時に筋力増加の効果もある。具体的にはダンプカーを蹴り飛ばす程度。


窓を蹴破り教室から飛び出す。校庭を見る。そこには深緑色のローブを被った人影。もう一つカプセルを口に放り込む。カプセル内に仕込まれた魔方陣がこの世に存在しないはずのある特殊な物質を体内に生み出す。チープな言葉でいうなら魔力。これで魔法を使えるようにする。外国と同じように、魔方陣を必要としない、法を唱えることで魔の領域に達する、純然たる魔法。


「行使、創造。定義、グングニル」


手に来るズッシリとした感覚。と同時に虚脱感が体に訪れる。北欧神話にて主神オーディンが使ったとされるその槍は的を射損なうことはなく、投げた後は手元に戻ってくる。そして、穂先を向けた軍勢に必ず勝利するという伝説の槍。それを限定的な時間のみ出現させる。


「てめえの、血は、何色だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


振りかぶり、投擲。

侵入者の、その少し前。グラウンドに着弾。侵入者の視界を奪う。と同時にグングニルが手元に戻ってきて消える。時間制限。少し考えてからもう一つカプセルを右手に持っておく。


下を見れば土煙から人影が飛び出してくる。その足元を見れば何もなく、しかしその足は確実に空を蹴っている。


「変な魔法使いやがって……………」


自分がいる建物5階相当の高さにやってくる。


「いきなり槍を投げてくるとは東洋人というのは野蛮だな」

「条約違反。国家の指定領域に許可なしの立ち入り、および魔法行使。豚箱行きの覚悟ぐらいはあるよな?」

「ぶち込めるものならな!!」


そう言って相手は予備動作なしにこちらへ迫ってくる。しかし問題ない。口にカプセルを放り、噛み砕く。


「展開。擬似魔法停止結界」


そう言葉を口にすれば自分の周り半径1メートルほどの球状の結界が張られる。


「は、カガクとやらで何をしようと無駄だ!」

「残念ながら、これは魔法だ」


その結界に相手が触れた瞬間、相手は今まで浮いていた力を失い、落ちていった。

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黒船は遅れて再来してくる ちはや @chihayahuru

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