第8話

今、僕はアリスさんと満員の電車に揺られている。7時半という普通に考えれば少し早いが電車は満員。そんな時間帯だ。つくづく日本というのは変わらない。


僕はラフな格好の上にパーカーを着て、そのまた上に白衣を着るという変なスタイル。顔も隠せて服も汚れない完璧な魔女狩り体制とも言える。アリスさんは週末のうちに用意したかわいい系の服。店員さんに選んでもらったのでセンスがいいのは間違いないがサイズを気にしたら負け。そんな服の上に白衣を着ている。


「ちょ、踏まないでくれる?」

「それ僕の足じゃないです。むしろ僕がアリスさんに踏まれてます」

「あら、ごめんなさい。でもご褒美じゃない」


結局アリスさんは書き終えれなかった。つまりこの週末、彼女はご飯を食べていない。おやつなどは黙認したがそれほど食べていないしそこまで腹の足しにはなっていないだろう。代わりに、すごい速度で知識を吸収していった。


「しっかし、なんだかん言ってあともう少し出終わるのよねー。レポート」

「僕の2年の苦労って何なんですかね……………?」


遠い目でこれまた昔から変わらない形で電車の壁を占拠している広告をぼーっと見る。『最近、疲れていませんか?』馬鹿野郎余計なお世話だこれはこれで満足してるんだからいいんだよ。


「安心してちょうだい。資料があるのと無いのでは全然違うわ。そもそもこの実験自体、専門家も、資料も、何も無い状態から始めたのでしょう?逆に二年は異常なスピードとも言えるわ。というかキモイ」

「最後の一言がなければアリスさんもそんなことが言えるんだなと感動したのに……………」


すねを蹴られた。解せぬ。


書き上げることが出来なかったとしてもその成長速度は凄まじいもので。しかし、ガリガリとレポートに向かったまま黙々と書き続ける彼女に声をかけることが出来ず、半日たってこれはマズイととりあえず外に連れ出した月曜日の朝である。


それにしてもいつの時代でも月曜というのは憂鬱なもので、サラリーマンにとっては特にその傾向が強い。しかし、学生もそれは同じである。


「……………で?これどこに向かってるの?」

「いや、アリスさん集中力すごすぎてほとんど食べ物口に入れてないんですから。そりゃ飯にでも連れていきますよ」

「あれ?もうそんな時間たってたの?今日ってまだ日曜でしょ?」

「あなたは寝ると曜日が変わるみたいな持論持ってるんです?」

「あら、月曜なの。ああ、憂鬱な」

「アリスさんも月曜嫌いなんですね」


引きこもっていたのだから年中休日ですよね。なんでですか?なんてことを言葉にしない優しさ。大事。


「それで?どこに向かってるの?」

「あー。そうですね。あ、この駅です。降りてください」

「え、ちょっと、ま」


一瞬目を離した隙に、ズボッとそんな擬音を残してアリスさんがいなくなる。認識を外す魔法でも使ったのかと一瞬疑ったがすぐにその疑問を晴らす。


「……………はあ。気をつけてください」

「うっかりしてたわ」


人の波に呑まれて奥へと流れてしまったアリスさんが救いを求める手を差し伸べているのが見えたからだ。その手を掴み、そのまま電車を降りる。


「駅からはそんなに歩きませんから、行きましょう」

「そもそもなんでこんな朝早くに出なきゃいけなかったの?昼に行けば良くない?」

「僕学生ですよ。学生。それも今日は月曜という名の平日」

「学校はいやあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


急に地面にうずくまりトラウマスイッチでも入ったのか涙目で叫び出すアリスさん。あなた小学生顔負けの体格だけど中身僕より上ですよね?朝の八時ですよしっかりしてください。ほら、そこにいる警官の目がやばいっていうかこっちに来てる!?


「この歳で前科持ちは辛い!」

「びゃあああああああああああああああ」

「あんた泣き方のバリエーション一辺倒だな!?」


無理やりアリスさんを抱き抱えその場をあとにする。口を封じて叫び声をかき消し、それでもじたばたもがくので首筋に手刀。


しばらくして見えてきた学校迷わずに逃げ込む。いや、そこらに登校している生徒達の目もゴミを見る目だが警察に捕まるよりはましだ。見せもんじゃねえ。


「食堂……………食堂……………あったここだ」


しばらくして校舎内にある食堂を見つける。朝の部活に来ている人や寮生活の人のためにこの高校は食堂を朝四時から開いている。まあ人がつくのは十時からでそれまではインスタントをチンして出す。ということをロボットがやるだけなのだが。


まあしかしほかの使い方もある。十時までの間は食材などの料金を払えば中の調理場を使えるようになるのだ。とりあえずそこらの椅子にアリスさんを下ろして機械で食材を選択していく。


「米に、油に、卵、ベーコン、にんにく……………これくらいか」


あとは好きにすれば良い。今の僕に出来ることなど簡単なチャーハンでも作ってアリスさんに食べさせることくらいである。

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