第10話 どうぶつの林
近所のゲーム屋の店長が、父の同級生なので、
僕は入荷次第、すぐにゲームを売ってもらえる。
超大作RPG、トラクエ3も、発売日の二日前に入手できた。
金曜日の学校帰りにゲーム屋でトラクエを受け取り、ダッシュで帰宅。
食事抜き、徹夜でプレイ。
気が付いたら日曜日の明け方だった。
食い溜して、風呂に入ってから、四時間程仮眠して、またプレイ。
月曜日は体調不良で学校を休んだ。
ゲームのやり過ぎが原因ではあるが、体調不良ということに嘘はない。
月曜日もぶっ続けでトラクエをやった。
火曜日の朝、クリアした。
クリアまでに六十五時間程かかった。
寝不足だがその日は学校へ行った。
最速クリアを自慢できるかもしれないからだった。
思った通り、クラスで一番。
クリア済みなのは、まだ僕だけだった。
その週の休み時間と昼休みは、
トラクエの攻略情報を聞きに来るクラスメートが絶えなかった。
しかし、発売から一週間を過ぎると、発売日に買った者は大体、皆クリアし、
ネットの攻略サイトも充実してきた為か、質問者は減り、落ち着いた。
そんな時、隣から声が掛かった。
「さっきあんた達が話してたゲーム、おもろかと?」
神田さんだった。
僕は、人それぞれだと答えた。
神田さんはゲームをするような感じには見えない。
僕のようなオタクから見ると、
彼女は垢抜けていて、いわゆるリア充っぽく見えるので、
僕がいくら面白いと思うゲームでも、そう感じないだろうと思った。
だからつい、そんなそっけない返事をしてしまった。
「トラクエって、ウルトラファミコンのゲームやろ?
ウルトラファミコンなら、お兄ちゃんが持っとる!」
じゃあ、トラクエも持ってるかもしれないねと、僕は答えた。
今回発売のトラクエをやりたいが為に、
本体を購入した人が何万人も居る程、このゲームは人気がある。
次の日、朝から神田さんが話しかけてきた。
「お兄ちゃん、トラクエ持っちおらんかったー」
トラクエを買わないとは珍しい。
では、君のお兄さんは、どのようなゲームを持っているのかと、僕は聞き返した。
すると、
「なんかー、ゲームで彼女作って、デートするようなのばっかりやった」
あぁ、恋愛シミュレーションね。
「そーゆうと? いっつもニヤニヤしながらしよる。とにかくキモいわー」
僕はそこらへんで話を切り上げたかった。
神田さんは、喋らずに黙っていれば、
着物が似合いそうな和風美人で、男子から結構人気がある。
そのせいか、話をしている僕を、友人達がチラチラ見ていて、
落ち着かないからだ。
しかし、神田さんは空気が読めないようで、
僕に、トラクエを貸すよう要求してきた。
僕は、やりたけりゃ自分で買えば良いと言ったが、
つまらなかったらお金が無駄になるし、
もう終わったなら減るもんじゃないと、
彼女は引き下がらず、結局貸すことになった。
確かに、買ったゲームが自分に合わなくて、
お金を損したと後悔することはよくある。
そういう所、女子はしっかりしているなぁと思った。
神田さんにトラクエを貸した次の日、
彼女は不満げな表情で話しかけてきた。
「いっちょんわからん!」
わからんって、どこまで進めたの?
「町の中」
どこの町?
「アリア藩」
最初の城から出てすらいなかったことに、僕は驚愕を禁じ得なかった。
町の人に話は聞いた?
「全員に五回以上は話しかけたっちゃ! みんな、おんなじことしか言わん!」
その話にヒントがあるんだけど、どんなこと言ってたか覚えてる?
「覚えとうに決まっちる! バカにしとうと?」
清楚な外見とはうらはらに、神田さんの語気は荒く、気が強くて手に負えない。
じゃ、じゃあ、酒場で仲間を集めた?
「三人。ゆうかとあゆみと、
あと、おまえも仲間に入れてやったぞ。
ゆうかは料理がうまいから回復ができる僧侶で、
あゆみは頭が良いから魔法使い、お前は盗賊だ」
僕は赤面した。
ところで僕はなんで盗賊なのか?
・・・・・・とは、恥ずかしくて聞けなかった。
じゃあ、西の洞窟に魔物が住んでいるっていうのは?
「聞いた」
なら、そこに行くんでしょうが?
「そこに行くと?」
そりゃあそうでしょ。
「でも、外には魔物がおって危険だとも言ってたぞ。
だから、お城から出なかった」
主人公は勇者で、魔物の親玉を倒して、世界を救う為に旅立つんだよ?
最初の頃の魔物はそんなに強くないから戦ってみて。
そうするとレベルが上がって、味方が強くなっていくのが面白いんだ。
あと、敵を倒すと経験値の他にお金がもらえるから、
それが貯まったら、店で装備を買って、更に戦力を増強するんだ。
そういうのも面白いんだよ。
「そか! やってみる!」
その日の夜、部屋でゲームをしていた僕を母が呼びに来た。
友達から電話が掛かってきたとのことだった。
母の様子が少しおかしかった。
電話の主は神田さんだった。
これが母の挙動不審の原因であろう。
「最初の城にある宝箱、取りたいんだけど、
ドアがあって通れんけん、どげんしゅればよか?」
あぁ、あれは鍵がないと開かないから、取れるのは後半になるね。
ゲームを進めて行けば、鍵は手に入るよ。
鍵は何種類かあるから、それぞれの鍵を取る度に、
今までに行ったことある町に戻って開けられる扉を開けると
強い装備が手に入ったり、更にゲームを進められるようになるよ。
「おお、そーか!ありがとねー」
僕が電話をしている間、父はコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。
こっちを見たり、気になっているような素振りは一切しない。
父はこういう時、不自然な程、知らんぷりをしてくれるので、
僕は彼をとても信頼している。
一方、母は僕が電話をしている間中、無遠慮にジロジロ見ながら聞き耳を立てていた。
電話を切った後も僕の顔をしつこく目で追ってきたが、
僕は何の説明もせず、黙って部屋に引き上げた。
次の日、神田さんは朝から笑顔だった。
どうやら順調にゲームを進めているようだった。
「今日帰ったら、ピラミッドに行く」
結構進んだね。レベルはどの位まで上がった?
「三十」
三十? そこは二十もあれば余裕でクリアできる所だよ?
「そうと? ピラミッドの近くで一回全滅したから、
寝るまでそこでレベル上げしてたらそーなりよった」
人のプレイスタイルをとやかく言う気はないけど、
後の方になればなるほど、経験値もお金も多く入るようになるから、
進めるなら進んだ方が得だよ。
「そうと?」
あと、ネットの攻略サイトが充実してきてるから、
わからないことがあったらそれを見るといいよ。
「そげなんがあったんよんか! ありがとねー!」
しかし、その日の晩にも電話が掛かってきた。
攻略サイトは専門用語ばかり使っていて、不親切だし、
文章がオタクっぽくて、受け付けないとのことだった。
母はまたも、僕が電話している所をガン見していた。
それから二週間位で、神田さんはトラクエをクリアした。
大変面白かったとのことで、僕も何となくうれしくなった。
トラクエが返ってきてからは、僕と神田さんが会話をすることはなくなり、
これまで通り、男だらけのオタク生活に戻った。
席替えにより、席も離れ、神田さんとの接点は完全に無くなった。
しかし、それから数ヶ月後、
神田さんが突然、ゲームを持って僕の席に来た。
トラクエが面白かったので、ゲームに興味を持つようになったらしい。
神田さんが初めて自分で買ったというそのゲームは、
「動物の林」というタイトルだった。
知らない。
僕の守備範囲外のゲームのようだ。
「やれ」というので、とりあえず借りた。
動物を育てたり、畑を耕すゲームだった。
案外面白かった。
しかし、ライトユーザーを対象にしているゲームなのか、
攻略サイトの更新が遅く、中身も充実していなかったので、
試行錯誤が必要だった。
次の日から、神田さんは毎日、
「動物の林」の進み具合を聞いてきた。
また、こういう場合はどうするか?
というクイズを出してきて、僕がダメな答えを言うと、
ドヤ顔で「動物の林」の講釈をたれるのだった。
それから、僕と神田さんは、たまにゲームの話をしたり、
ソフトを貸し借りするようになった。
でも、それ以上は何もない。
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