第14話 ノストラダムス→FPS

国語のテストが返ってきた。

88点。


いつもと同じような点数。

できなかったのは、最初の方の漢字問題。

読むのは間違えない。

書けない漢字があっただけ。


国語は徹底的に勉強しない。

漢字を一生懸命勉強しても、10点位しか伸びない。

あと10点位で100点になってしまうので、それ以上伸びない。


しかも、どの漢字が出題されるかはわからないので、

たくさん覚えなければならない。

このように、効率が悪いので漢字は捨てている。


社会に出たらパソコンで文字入力するのだから、

とりあえず読めれば問題ないはず。

ペンで文章を書かなければいけない場合も、たまにはあるだろうが、

そういう場合に恥をかく程、漢字が書けない訳ではない。


答え合わせが始まった。

先生が問題を読んでから答えを言う。

これで一時間潰れるのはとてもありがたい。


僕は間違ったところを赤ペンで直したりはしない。

というか、先生が言う答えをいつも聞き流している。

それをしても、不正解が正解に変わることはなく、点数が増えないから。


しかし、持ってきたマンガを一つ前の授業中に読み終わってしまっていて、

することがないので、答案用紙を眺めた。


あれ? 書けたはずの漢字が間違っている。

破魔矢がちゃんと書けてるのに不正解にされている。

採点ミスだろうか?


答え合わせ終了。

残りの時間は、採点ミスの申告や、不明点などを、先生に聞く時間だ。

教卓の前に数人が列を作っている。


僕は列には並ばず、同じ問題を間違えた人がいないか、見て回った。


どいつもこいつも、答案用紙の左上を折っているのでバカにしたくなる。

点数の部分を隠して何になるのか?

点数が良い奴は左上を折ってなどいない。

バカなだけでなく、

肝っ玉までも小さいことをわざわざ証明しなくてもよかろうに。


いや、まてよ。

良い点を隠すのなら、頭の良さをひけらかすことを拒むようで、

奥ゆかしいというものではないか?

僕も折ってみようか?

いや、ダメだ。

点数が悪いから折っているとみなされるのがオチだ。


前田さんが僕と同じところを不正解にされていた。

僕は彼女に、これのどこが間違っていると思うか尋ねた。

しかし、彼女は採点ミスの可能性すら感じていない様子だった。

答え合わせの最中、彼女は僕以上に上の空だったらしい。


僕たちは、先生に聞いてみることにした。


すると、

「矢の五画目、右下の部分がはらっていないので、バツだ」


先生の口調は、心なしか、高圧的に感じられた。


なるほど、その部分をはらうかとめるかなどは意識して書いていなかったが、

確かにとめているように見える。


席に戻った僕は、スマホで文化庁のホームページを見た。

すると、指針として、はらいやとめなど細かい違いで正誤は無いとあり。

例として丁度、矢の字が載っていて、はらうでもとめるでも良いとあった。


僕はスマホを持ってまた先生のところへ行った。


すると、

「なんだ! 授業中にそんなものいじってるんじゃない!」

先生はスマホをいじっていることだけに目を向け、頭ごなしに怒鳴った。


「いやいやいや、画面を見てくださいよ。 文化庁のホームページすよ」


「なんだ、字が小さくてよく見えんなぁ」


「じゃあ、はい、字デカくしたんで、これで見えますよね」


「なんだお前! そのエラそうな態度は!」


「なんですか? エラそうなとか言われても。いいから早く読んでくださいよ」


「うーむ・・・・・・」


いつの間にか、僕たちは皆の注目を集めていた。

おそらく先生が怒鳴った時からであろう。

丁度良い。

先生の野郎、みんなの前でこれをどう説明するか。


「とにかく今回は、はらっていないとバツだ」


先生は面倒臭くなったらしい。


「今回はってなんですか?

こっちは点数が上がるかどうかというところなんですよ?

これによって、総合順位だって変わるかもしれないんです」


いつのまにか、後ろに行列ができていた。

皆、答案用紙を持って、ゾンビとかハイエナのような目をしていた。


はらいやとめなど細かい違いで正誤は無い、というのを聞いて、

ペケにされた漢字がもしかしたら正解となり、点数が増えるかもと、

藁をも掴むような気持ちで並んでいるのである。


「漢字の話はもう終わり! 席に付け!」

先生はパワハラでこの場を切り抜けようと、大声で怒鳴り、僕たちを威嚇した。


「このことを親に話し、教育委員会とかに連絡してもらいます」


金田である。

相変わらずの嫌らしさ。

政治家とか官僚のような奴で、いつもみんなに煙たがられているが、

今回は味方だ。


「うっ、うっ・・・・・・」


先生はあきらかに狼狽していた。


「今回はダメとか、教育とは、そういうことで良いんでしょうか?

職員会議等で話合うなどして、ブレのない対応を望みます」


金田の影響か、つい、僕も政治家のような口調になってしまった。


後ろのゾンビ達は、恨めしげな目をしてまだ並んでいた。


突如、一番後ろの席の織田くんが、

ガタッ! と、大きな音を立てて立ち上がった。


「オウオウオウオウ! 教師がそんなんで、なにが教育だ?

おめぇみてぇなダセえ大人がいるから、グレる子供がいるんだよ!」


織田くんは、学生服の下に赤いTシャツを着たヤンキーである。

あまり学校に来ないが今日はたまたま来ていた。


「なんだ織田? グレた子供って、お前自身のことか?

それとも、お前にも採点ミスがあったのか?

無いよなー? お前の点数、2点だもんなー。ぶははは!」


先生は、織田くんのテストの点数を、みんなの前で公表し笑った。


「てめえ!」


織田くんと先生がつかみ合いになった。

僕は喧嘩が始まるのを楽しみにしていたのだが、

プロレスファンの大久保くんと、加藤くんが割って入り、

すぐに騒動は収まってしまった。


大久保くんに取り押さえられながら、先生が捨て台詞を吐いた。

「織田! お前の通信簿は2に決定だ! 謝っても許さんからな!」


「オウ! 随分気前の良い先生だな? 

一年の時は一学期から三学期までずっと、1だったんで、

1つ上げてくれんだな? サンキュな!」


織田くんのうまい返しに、クラスが和やかな雰囲気に包まれ、

クスクスと笑い声が漂った。


揚げ足を取られた先生は大激怒。

「ゼロ! ゼロだ! お前の通信簿はゼロにしてやる!」


「オウ! ゼロなんていうレアな点数もらったら、

写真撮って、ネットで自慢できるぜ。必ずやれよ!」


激昂した先生が、織田くんにつかみ掛かろうとしたが、

また大久保くんが取り押さえた。

そこで終業のチャイムが鳴り、先生はブツブツ言いながら、教室を後にした。


放課後。

昇降口で偶然織田くんに会った。


「オウ。お前、今日おもしろかったぜ!」


「織田くん程ではないけどね」


帰り道が途中まで同じなので、

なりゆきで一緒に帰ることになった。


そして、公園の中を通った時、

「ここに、おもしれぇ人がいんだけどよ。

時間なきゃ無理にとは言わねぇけど、寄ってかねぇか?」

織田くんがそう言った。


「どんな人?」


織田くんの友達なので、ヤンキーとかヤクザじゃないか、不安になった。


「ゲームがすげぇうまい」


「行く」


ゲームがうまいなら僕と同類だ。

オタクだ。大丈夫。


織田くんは公園の植え込みに入って行った。


「えっ? そんなところにいるの?」


「そうだよ」


僕は付いて行った。


誰も行かないような藪の中、公園の隅、

隣の建物の壁の前に、やや大きめの物置があった。

僕は強い高揚感を感じた。

おそらく、徳川埋蔵金とか、野人を発見した時、

このような心境になるであろう。


近づくと中から「ガガガガッ」という音が聞こえた。


「おぉ、モンさん、戦争のゲームやってんだな?」


「FPS?」


「あぁ、そんなようなことをモンさんも言ってたなぁ。おーい、モンさーん」


織田くんは物置をノックした。


返事は無い。

それでも、織田くんは引き戸を開けた。


もじゃもじゃ頭の後ろ姿が見えた。

モンさんとは一体どんな人なのだろうか?


ガガガガガッ。ガガッ。ドーン。


僕たちは無言でゲームを見守った。

約一分後、ゲームが一段落した。


もじゃもじゃ頭が振り向いた。


「おー。珍しいじゃねーか。友達連れてくるなんてよ」


「オウ。こいつ今日、教師相手に啖呵切って、面白かったんだよ」


「そうか。おもしれぇなー」


「こ、こんにちは・・・・・・」


僕は緊張しながらも挨拶した。


「おう、自分の家だと思ってくつろげやー」


モンさんは案外気さくな人らしい。


「このゲームは、『任務の呼び声』ですね?」


「おう、よく知ってるなー」


「FPSでプレイヤー人口最大ですから、そりゃあ知ってますよ。

世界ランキングとかあるんですよね?」


「あぁ、見る?」


「見たいです!」


ランキング画面を見ると、なんとモンさんは、世界ランク3位だった。

僕は驚いて声も出なかった。


「な、スゲーだろ?」

織田くんに肩を叩かれた。


「うん。世界で3位じゃ、日本では1位だよね!

こんな近くに日本一がいたなんて!」


しかしこの浮浪者のようなおじさんが、世界ランカーとは・・・・・・。

昔から言われている通り、

ゲームの成績と現実社会での成功は、反比例するのだろうか。

ランキング一位のアメリカ人と、二位のロシア人の顔も見てみたい。


僕はここで初めて、FPSをプレイすることとなった。


それと、コントローラーを渡された時、ふと気が付いた。

モンさんは浮浪者のような風貌ではあるが、清潔なようで、嫌なにおいはせず、

部屋も散らかってはいるが、生ゴミなどは落ちていない。

また、もじゃもじゃ頭と髭ですぐには気が付きにくいが、

モンさんは結構イケメンであった。

ちなみに織田くんも、服装はダサいが顔はイケメンである。


「構えると照準が画面真ん中あたりに出るだろ? その場所を覚えるんだ」


「はい!」


「そんでー、照準は動かさずに、自分が移動して、

相手を画面中央、つまり照準が出るところに捉える」


「はい!」


「そんで構えると同時に撃つ」


「なるほどー」


「構えると移動スピードが遅くなるからなー。

だから構えてすぐ撃てるようにすれば被弾も減らせる

なにしろ撃つ直前まで動いてるからな」


「わかりやすいです!」


「そうかー。うへへへへー」


一ゲーム終了後、織田くんがモンさんのことを話始めた。


「モンさんは、学生の時、ヤンキーなのに、勉強とかもできて、

そのまま金儲けもうまく行って、女にもモテたんだけど、

ノストラダムスの大予言っつーのあんだろ?」


「あー、1999年に恐怖の大王がーとかいうヤツ?」


「そう。で、1999年に世界が滅びるんだからっつって、

豪遊して、全財産使い切っちまったんだけどよ。

でも、結局1999年に世界滅びなくて、

なんで滅びねーんだよって、燃え尽きちまって、世捨て人になったんだ」


笑って良いものか、慰めるべきなのか、僕は返答に困り黙っていた。


モンさんは特に否定したり怒ったりはしていない。

変わらずボケーっとしていた。


「まぁ、ノストラダムスに滅ぼされなくても、

みんな100年も生きない内に死ぬんだし、

自分が死んだら何も感知できなくなるんだから、

世界が滅亡するのと同じだよね」


僕は、何か言わなくちゃと思って、そんなことを言った。


「おぉ、深いことを言うじゃねーか。

ノストラダムスが滅ぼす訳ではねーにしても、

結局、何かしたいことがあったり、好きなこととかがなきゃぁ、

人生なんて面倒なことばっかだし、退屈なだけなんだよな。

ノストラダムスの話をまるっきり、真に受けてたんじゃないけど、

俺は将来の夢とか、没頭できる趣味とか

他人を押し退けてまで、達成したい野望とかがなくてな、

それだと何やっても面倒くさくて、成果も上がんないんだよ。

気が付いたら我慢ばっかの人生でよ。

いっそ、世界滅びちまってもいいんじゃないかと、本気で考えてたよ。

そんでやりたいように生きようって思ったら、こんな風になっちまったってワケ」


・・・・・・モンさんの話は人事だと思えなかった。

僕にも、夢とか、死ぬほど好きなこととか、野望がない。

将来サラリーマンになって、定年まで働くだろうと、他人事のように考えていた。

それは、モンさんの言うように我慢の連続だろう。

食べる為、好きでもないことに人生のほとんどを奪われ、

やり過ごすように毎日を生き、磨耗していくのだろう。


嫌いなことには積極的になれないから、一生うだつが上がらないはずだ。


クソみたいな生活を維持する為に働き、

またクソみたいな生活が続く。

それじゃあ、苦痛を金で買うようなものだ。


それに、夢や生き甲斐や野望というのは、

持とうと思って持てるようなものではない。

それらを持っている人は、いつの間にか持っている。

そういう代物だ。


僕にそれらが降って沸いてくる時がいつか来るのか?

もし無ければ、人生の奴隷になるしかないだろう。

考えてみると、周りの大人のほとんどがそうなっているように感じる。

親も先生も。


帰り道、僕はそんなことを考えていたので口数が少なく、

織田くんは若干、退屈そうだった。


「なぁ。モンさんおもしろかったろ?」


「うん。深みのある人だね。

あの場所は誰にも言わない方がいいね。

荒らす奴とかいそうだから」


「それは多分大丈夫だけど、

あんま、毎日沢山の野郎がいるようになったらウザいし、一応秘密にしとくか」


「荒らされる心配はないの?」


「あぁ、モンさんって、門脇かどわきの門を、モンって読んで付いたあだ名なんだ」


「あっ! 門脇って・・・・・・!」


「モンさん家の後ろの壁っつーか、ビル、あれ門脇興業」


「じゃあ大丈夫だね」


モンさんの家はヤクザだった。

それなら大丈夫だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る