第5話 バッテリーバックアップ
お正月。
親戚がたくさん来て、テンションが上がっていた僕は、
何を思ったか、押入を開けて中の物をかたっぱしから物色しまくりました。
すると、古いゲーム機と、ソフトが出てきました。
それは、父が昔遊んでいたゲーム機で、二十年以上前に発売されたものでした。
僕は、父がどんなゲームをしていたのか、とても興味が沸いて、
そのゲーム機をテレビに繋ぎました。
そして、カートリッジを差し込んで、スイッチをいれましたが、
灰色の画面が映るだけで、ゲームは始まりませんでした。
それを見て父は、カートリッジを引っこ抜き、
接点の部分を、口でフーフーとかなり強い勢いで吹きました。
そして、再びゲーム機本体に差し込み、スイッチを入れると、
なんと、ゲームが起動しました。
そのソフトは、今でも続編の出ている有名なロールプレイングゲームの、
三作目でした。
黒い画面に、
「冒険をする」
とだけ表示されたので、僕は決定ボタンを押しました。
すると、
「冒険の書1:しんいち」
と表示されました。
「えっ!」
父の驚いた声を初めて聞きました。
僕はどうしたのかと聞きました。
父は、データがまだ残っていたことに、驚いたようです。
このゲームのセーブデータは、カートリッジ内に保存されるようになっていて、
データは内蔵された電池によって維持される仕組みになっているそうです。
つまり、電池が切れるとデータも消えるということです。
十年以上前に父がプレイしたデータが、
まだ残っていたということに、僕は感動しました。
珍しく、父も少し興奮気味でした。
でも、父の名前は慎一郎です。
なぜ、しんいちなのか、父に尋ねると、
このゲームでは、四文字までしか名前を入力できないからだと教えてくれました。
僕は、
「しんいち」のデータで冒険を再会しました。
勇者がしんいちで、戦士が「しんじ」でした。
これは叔父さんの名だとわかりました。
叔父さんの名は、信二郎です。
僧侶は「じょん」でした。
これはその頃に飼っていた、
ゴールデンレトリバー犬の名前だそうです。
そして、魔法使いの名前が「りか」でした。
母の名前が梨花です。
これを僕が読み上げた時、
父は右手で首の後ろを掻き、母は両手で口元を隠しました。
それを見た親戚は含み笑い。
このゲームをやっている時、父と母は交際を始めたばかりだったそうです。
「勇者の武器はハヤブサソード。
戦士は巨人の斧。僧侶はゾンビバスター。
魔法使いは賢者の杖」
父が独り言のように言いました。
装備を確認すると、父の言った通りでした。
「この町を出てダンジョンを抜けて、最後のボスにたどり着く頃、
ちょうどレベルが上がるようになってる。
レベルが上がると体力とマジックポイントが全快するから、
ベストな状態でラスボスと戦えるんだ」
十年以上前のことなのによく思い出せると、僕は感心しました。
でも、それ以上に、普段と違う口数の多さに驚きました。
いつもクールな父が、ゲームについて饒舌に語るのがおかしくて、
みんなが笑いましたが、父は全く気にしていないようでした。
これは父にとって、相当思い入れのあるゲームのようです。
このデータを見たら、ゲームをしていた頃のことが、
昨日のことのように鮮明に浮かんできたと、父はとても楽しそうでした。
しかし、このデータは遅かれ早かれ消えてしまうそうです。
製造からすでに相当の年月が経っていて、カートリッジ内の電池が、
いつ切れてもおかしくないからだそうです。
電池なら交換すれば良いと、僕は言いましたが、
交換の際、古い電池を外した瞬間に、データは消えてしまうそうです。
このゲームの思い出は、ちゃんと憶えてるから、
データが消えても寂しくないと、父は言いました。
それから僕は、終わったゲームのデータを、なるべく消さないようにしています。
何年後かに見て、
当時あったことを鮮明に思い出すことができたら、
絶対におもしろいからです。
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