第4話 ピューリッツァー

新発売のゲーム機、弁天堂WILLU(ウィルユー)を買うのは、

クラスでは僕だけのようでした。


休み時間に席が近い人と、何の気なしにWILLUの話をしたら、

周りにも聞こえたようで、十五人位が僕のそばに集まってきました。

ファミ通や電撃PSを持っている人もいました。


本体と一緒に買うソフトは、

ローンチタイトルの中で最も注目されている、

マルコパーティーU。


そんな話をしていたら、なりゆきで、次の日曜日に、

みんなでWILLUをすることになりました。

もちろん僕の家でです。


友達が十人僕の家に来ます。

人数が多いので、家が散らかったりしないか、

ちょっとだけ心配でした。


WILLUの話題が途切れた時、背後から声がしました。


「植木くんには気を付けた方がいいよ」


後ろを振り返ると、浦田くんが真剣な表情で僕を見ていました。


僕がこの学校に転入してきてから約半年経ちますが、

これまで、浦田くんとは、

まともに会話したことがなかったので、少し驚きました。


そして、植木くんがどうしたのか聞いてみると、

「植木くんはねー。人の家の冷蔵庫を開けるんだよ」

と、言いました。


僕は、冷蔵庫を開けて、中のものを食べたのかと聞きました。

すると、

「それはわからないけど、人の家の冷蔵庫は開けちゃダメだよね?

それだけで充分気持ち悪いよね?」

と言いました。


僕は首を傾げました。


そして、浦田くんも日曜日に来るかと、何となく聞いたら、

「いや、ぼくもWILLUとマルパを買うんで、自宅でやるよ」

と言いました。


植木くんのことを話していたときは、ひそひそ声でしたが、

WILLUを買うという話は、周りに聞こえるような声量だったので、

隠している訳ではないと思い、僕は、

浦田くんもWILLUとマルパを買うということを、周りに伝えました。


マルコパーティは最大四人でプレイできますが、

十人だと六人は見ていることになります。

交代でやるにしても、一人当たりのプレイ時間は少なくなるので、

二組に分散したほうが、みんなが楽しめると考えたのです。


とはいえ、勝手なことを言ってしまいました。

でも、浦田くんは怒ったり困っているようには見えませんでした。


むしろ、僕がそういうことを言うのを期待していたように、

みんなの顔をチラチラと見ていましたが、

不思議なことに、浦田くんの家に行くと言い出す人は誰もいませんでした。


とりあえず、植木くんには気を付けようと思いました。

浦田くんの話を真に受けた訳ではないし、

別に冷蔵庫を開ける位どうってことないけど、

確かに気持ちの良いものではないからです。


いつの話か知らないけど、

昔そういうことがあったかもしれない

という位に心に留めました。


あと、浦田くんにも気を付けようと思いました。

植木くんのことを話している時、

にやにやと陰湿な笑みを浮かべていたように見えたからです。


当日、クラスの友達がぞろぞろと家にやってきました。


大原くんが、みんなで食べる為、お菓子を沢山持ってきてくれました。

大原くんのお父さんは市長です。


本間くんは二リットルのペットボトル飲料を三本持って来てくれました。

コーラとお茶とオレンジジュースでした。

BBQ等の時に使うような、

使い捨てのコップも持ってきてくれました。

食器を用意したり洗う手間が省けて助かります。

本間くんのお父さんはお医者さんです。


早速交代でマリパをしました。

僕は持ち主なので、ずっとプレイして良いと、

皆が言ってくれましたが、

僕は持ち主だからいつでもできるので、

みんなで交代しながらやることにしました。


僕たちはお菓子を食べてジュースを飲みながら、交代でゲームをしました。

ゲームをしていない人は画面を見ながら

雑談したりマンガを読んでいました。


数時間後、僕はお菓子でお腹いっぱいになったせいか、

眠くなって、うたた寝をしていました。

それが、本気寝になりかけた時、


「たいへんだー!」


突然、叫び声が聞こえました。

声で宮崎くんだとわかりました。


台所の方からです。


僕はうたた寝をしていたので、

宮崎くんが、ゲーム部屋以外の場所にいることからして意味がわからず、

状況が掴めませんでした。


声のした方に行ってみると、

宮崎くんが植木くんを取り押さえていました。


「こいつ!冷蔵庫開けてた!泥棒だぞ!」


宮崎くんは明らかに興奮していました。


植木くんは宮崎くんに取り押さえられたまま、

「ごめん。なんとなく開けちゃった」

と言いました。


とりあえず、僕は宮崎くんに、植木くんを解放するように言いました。


すると、宮崎くんは植木くんを解放しました。

そして、サッと僕にスマホの画面を見せてきました。


動画でした。


家の中で撮った映像でした。

冷蔵庫を開ける植木くんの後姿が映っていました。


五秒位の動画が終わると宮崎くんが、

「なっ!」

とドヤ顔で言いました。


違和感を感じました。


僕は植木くんに、気にしなくて良いと言いました。


宮崎くんはそれを聞いて落ち着きを取り戻したように見えましたが、

ゲーム部屋に戻るが早いか、みんなに動画を見せながら、

先程あったことを言いふらし始めました。


動画を見た人は最初、「いじきたねーなー」とか言って、笑っていましたが、

すぐに、植木くんではなく、

宮崎くんの方がキモいという話になりました。

その場で注意することもできたのに、

隠れて動画を撮影したことが批判の原因です。


すると、宮崎くんは怒って帰ってしまいました。


ふと、数ヶ月前の、クラス対抗リレーを思い出しました。


途中まではうちのクラスが一位だったのですが、

小杉くんが転倒したせいで他のクラスに追い越されて、

最終的には、五クラス中四位になりました。


宮崎くんはその後、一週間経っても小杉くんを糾弾していました。

宮崎くんは、悪いことやミスをした人には、

何をしても良いと思っている節があります。


宮崎くんが帰った後に聞いたことですが、

彼は以前、浦田くんの両親が特殊な宗教の信者だということを知り、

そのことを触れて回ったそうです。


新興宗教に偏見を持つ人は多く、浦田くんは孤立しました。

あの時、誰も浦田くんの家に遊びに行くと言い出さなかったのは、

そのせいだったようです。


後日、その事が問題となり、父兄と担任だけでなく、

校長先生を交えた話し合いに発展したそうです。

その結果、学校は個人面談を実施し、

信教に関することはなるべく話題にしないよう、指導したそうです。


僕が転入してくる前の話です。


その事件の後、宮崎くんはことあるごとに、

他人の粗探しをするようになったそうです。


きっと、自分の発信した情報が、他人の行動に影響を与えたり、

大さわぎに発展することが、気持ち良くて、おもしろくて

仕方がなくなってしまったのだろうと、皆、口を揃えて言います。


僕もそう思います。


彼はなぜ決定的瞬間をビデオ撮影することができたのでしょうか。

植木くんの癖を知っていて、撮影するチャンスを狙っていたようにも思えます。

みんなでゲームをしている時も、そういうことを考えていたのでしょうか。

日頃から叩く対象を探して、目を光らせて生活しているのでしょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る