第8話 ドラゴンボーイ乙

今日「FF」の新作が手に入るから見に来いというので、

部活をサボって藤田くんの家に向かう。


藤田くんの家は、学校の隣なのですぐに到着した。


しかし、玄関に現れた藤田くんの顔は曇っていた。

手にはゲームソフトがあった。


「これ、昼間ばあちゃんが買ってきてくれたみたいなんだけど・・・・・・」


そのソフトは「FF」ではなく、

「ファイナルファイターガイ」だった。

見たことも聞いたこともないソフトだ。


どうやら藤田くんのおばあさんは、

間違えて別のゲームを買ってきてしまったらしい。


「ちょっと、ばあちゃんに文句言ってくるわ・・・・・・」


藤田くんがそう言った瞬間。


「ダメだ!」


真田くんが突然厳しい口調でそう言った。

真田くんは、僕がこれまで会った人の中で一番と断定できる程、

穏やかで情緒が安定した人だ。

僕だけでなく、この場に居会わせた全員、

彼が怒ったり取り乱したりしたところを、

一度も見たことがなかったので、全員が固まった。


「・・・・・・ごめん。

返品して、FFを買ってくれば済むことだと思って・・・・・・」


藤田くんは、なるほど、という表情で、

ファイナルファイターガイの箱を見た。

そして、ハッとした。


外装フィルムが剥がれてしまっていた。

これだと返品はできない。

中古での買い取りになる。

そうすると、売ったお金でFFを買うのは無理だろう。


藤田くんは怒り心頭の表情で、再び家の奥に向かおうとした。

おばあさんに文句を言いに行くつもりだろう。


僕も母に週間少年ジャンプを買ってきてくれと頼んだのに、

月刊ジャンプを買ってこられたことがあるが、

こういうのは案外ムカつくものだ。

期待がへし折られるからだろうか?

気持ちはわかる。


しかし、

「それ、おれが買い取りたい。FFの定価でどうだ?」


また真田くんだ。


「えっ?」


全員が首を傾げた。


「これって、面白いの?」


藤田くんの怒りは、疑問によってかき消されたようだった。


「今からおれがFF買ってくるから、それと交換しよう」


真田くんは質問には答えずにそう言った。


不自然な展開に、混乱した僕達は、

真田くんがファイナルファイターガイを買い取るかどうかはさておき、

とりあえず全員で、ゲーム屋に向かった。

おかしな空気になってしまっていて、道中は皆無言だった。


FFは売り切れだった。

このソフトは予約すら数が限られる程の人気なので、当然の結果だった。


「んじゃ・・・・・・帰って、

ファイナルファイターガイでもやってみるか」


藤田くんがそう言い、場の空気が弛んだ。

藤田くんは場の空気や、感情の機微を読むことに長けている。


ファイナルファイターガイは、

二昔以上前に流行ったベルトスクロールアクションだった。


スラム街を、チンピラとケンカしながら進んで行く。

二人同時プレイができるので、最初は藤田くんと僕がプレイした。


藤田くんは赤い忍者の服を着た若者、

僕は上半身裸にサスペンダー付きズボンの、ゴツいおっさんを操作した。


やってみたら、かなり面白かった。


電車に乗ったら、乗客が全員チンピラで、一斉に殴り掛かって来たり、

ゴミ箱から、大鎧を着て日本刀を金属バットのように振り回す、

侍のような敵が出てきた。

また、交番から出てきた警官が突然殴り掛かって来るなど、

シュールな笑いもあった。


しばらくして、大木くんが、どうしてもやりたいと言い出したので、

僕はコントローラーを譲った。


畳にあぐらをかき、並んでプレイする二人の肩越しに、

僕は説明書を読み上げた。


2050年。超犯罪都市エキセントリックシティの市長の元に、

一本のブルーレイが届いた。


そこで藤田くんからツッコミが入った。

「ちょい待ち!これ2050年なの?

この風景、どう新しめに見ても1990年代位なんだけど?」


きっと、犯罪が多すぎて税金が足りず、

まともな人は恐喝にあってばかりで貧乏だから、

道路とか建物を新しくしたりできないんだよ。

と、僕は、脳味噌を使わずに考えたことをそのまま口に出した。


大木くんもツッコんだ。

「2050年でもブルーレイ使ってんの?」


ブルーレイより高度なメディアは生まれているだろうけど、

ブルーレイを再生する機械は、2050年でもまだあるんじゃない?

と、また僕は適当なことを言った。


僕は更に説明書を読み上げた。


それは、犯罪集団マッドブルからのビデオレターによる脅迫状であった。

娘は預かった!

返して欲しくば市長の座を譲れ!

もしくはお前自身が力ずくで奪い返しに来い!


そこで大木くんが、腹を抱えてうずくまった。

それを横目に見た藤田くんは、スタートボタンを押し、

ゲームを一時停止し、またツッコんだ。


「犯罪集団がビデオレターかよ?

市長の座って、自由に譲ったりできんの?

もしくは奪い返しに来いって、こいつらの目的は一体何なんだ?」


大木くんの腹痛が一段と悪化した。

しばらくゲームの再会は難しそうだ。


僕は更に説明書を読み進めた。


キャラクター紹介。

マイク羽賀。日系アメリカ人。

元ストリートファイターで、

エキセントリックシティの市長兼、

現役プロレスラー。

身長2メートル30センチ。

体重180キロ。

好きな食べ物はハンバーガー。


そこでまた、藤田くんがツッコんだ。

「えっ? この裸ん坊のおっさん、市長だったの?

元ストリートファイター? 現役プロレスラー?

そんな奴が市長に当選したのか?

そりゃぁ超犯罪都市にもなるよ!」


「ぐぉー・・・・・・もういい・・・・・・やめてくれー」


大木くんの腹筋は崩壊寸前のようだ。

しかし、僕は構わず説明書を読み続けた。


凱(ガイ)。

国籍、日本。

弱冠20歳で忍術を極めた天才忍者。

ケンカのプロ。

ケンカが強過ぎるが故、警察にマークされ、

やむなくアメリカへ密入国。

ひょんなところから羽賀の事情を知り、

義を見てせざるは勇無きなりと、協力を申し出た。

身長1メートル75センチ。

体重80キロ。

趣味、ZAZEN。


「密入国って、犯罪者? 逃亡者? 何がやむなくだよ!」


現代でも無用。

ましてや2050年で忍術なんか極めても、

ケンカか殺し位しか使い道はないんだ。

僕はまた適当なことを言い放った。


続いて、先程交番から出て来るなり、拳銃を乱射し、

その後、警棒で殴り掛かってきた警官の紹介。


エディ。

汚職警官。

警官になってから十年程は真面目に勤務していたが、

金に目がくらみ、

犯罪集団マッドブルに情報を横流ししたり、

犯罪を見ても見ぬ振りをするようになった。

好きな食べ物は、血の滴るステーキ。


「十年真面目に勤務してたって、一体彼に何があったんだ?

血の滴るステーキって、レアとかミディアムレアのことだろ?

なんで、わざわざ血の滴るなんて言い方をするんだ?」


できる限りワルそうに見せるためじゃない?

これは、それで間違いないだろう。


そこで、大木くんが僕と藤田くんにつかみ掛かって来た。


「い、いい加減にし・・・・・・ろ! ゲ、ゲームができねぇ!」

笑い過ぎで彼の目は充血し、涙が滲んでいた。


藤田くんは押し黙り、僕は説明書を閉じた。


5分後。

大木くんの容態が回復し、ゲーム再会。


二人とも反射神経が良く、

初見プレイとは思えない程スムーズに、ゲームは進んで行った。


藤田くんの操作する忍者が、ドラム缶を壊すと、骨付き肉が出た。

これが回復アイテムであろうことは、全員が察した。


だが、藤田くんのキャラの体力は、ほぼ満タンだった。

つまり、現状、肉を取る必要はない。

一方、大木くんの操作する上半身裸プロレスラー市長の体力は、

ミリしか残っておらず、体力ゲージが赤くピカピカ点滅していた。


「大木!肉を取れ!」

藤田くんがそう促した。


そして、大木くんが回復しようと肉に近づいた瞬間、

藤田くんのキャラがサッと肉を拾ってしまった。


「何してんだ! おめぇ!」


大木くんが怒声を上げた。

これにより、大木くんは怒りで集中力を切らし、

ほんの数秒だが、コントローラーの操作が疎かになった。

その隙をついて、ザコキャラのチンピラが、

大木くんのキャラを小突いた。


体力がゼロになった、

上半身裸プロレスラー市長は情けない悲鳴を上げ、

大げさに吹っ飛んで地面に横たわり、

透明になって消えた。

ワンミス。


「わりぃわりぃ。

肉取るのに何らかのボタンを押す必要とかあんのかなーって、

気になって、適当にボタン押したら拾っちった。

わりぃわりぃ」

藤田くんは画面を見たまま謝った。


大木くんはプルプル震えながら無言でゲームを続けた。


しばらくすると、今度は藤田くんがピンチで、

大木くんが体力満タン。

つまりさっきと真逆の状態で肉が出た。


藤田くんが回復しようと肉に走った。

しかし、それより早く、大木くんのキャラが肉を取ってしまった。

これもさっきと真逆である。


「うひひひひひひひひ」


大木くんは、地獄からピンポンダッシュ程度のシケた嫌がらせをしにやってきた、

低級の悪魔のようないやらしい声で、満足そうに笑った。

彼はこういうシチュエーションを、虎視眈々と狙っていたようだ。


「てめぇ・・・・・・」


藤田くんは怒りでわなわな震えながらも、

残り少ない体力を減らさず、チンピラ達の攻撃を凌いだ。

そして再びドラム缶の登場である。


藤田くんがドラム缶を壊すと、肉が出た。


本木くんはまた妨害しようと走ったが、

距離が離れ過ぎていて間に合わない。

藤田くんが余裕で肉を拾うと、体力が完全回復した。


「フォー!」


藤田くんが安堵のため息とも、

大昔に一世を風靡したオカマ芸人の真似とも取れる声を上げた。


「ぐぬぬぬ!」

大木くんは水戸黄門に悪事がバレた悪代官のように悔しがった。


それから帰るまで、大木くんはコントローラーを離さなかった。


真田くんは結局一度もプレイしないで、僕たちが遊ぶのを見ていた。


帰り際、

「これでいいや、FFは中古で安くなってから買うわ。

真田、悪いけど、これが欲しかったら、店で買ってくれ。

FFよりかは大分安いみたいだしよ。

じゃあ、またみんなでガイやろうぜ」


藤田くんは、ファイナルファイターガイが、気に入ったようだ。


「おばあちゃんに、お礼言った?」


真田くんが遠慮がちに言った。

なんで、そんなことを、真田くんに言われなければならないのか?

という感じで藤田くんの表情が固まった。

また、真田くんがなぜ、こんな説教臭いことを言うのか、

誰にも理解できず、場が再びおかしな空気で満たされた。


「これから言うよ」

藤田くんは困惑気味に答えた。


すると真田くんは、

「今みんなでお礼言わないか?」

と言った。


表情が硬い。


真田くんが、藤田くんのおばあちゃんに礼が言いたいというのは、

めちゃくちゃ変だと思った。

大体、彼自身は一度もそのゲームをプレイしていない。

しかし、真田くんは大真面目のようだ。


「じゃ、じゃあ、ちょっと、ばあちゃんの部屋行くか・・・・・・」


お礼が言いたいというのだから言わせれば良いかと、

藤田くんは空気を読んだ。


藤田くんのおばあさんは、清潔感があり、

気品と優雅さを感じさせる人で、

おばあさんというより、貴婦人というイメージだった。


藤田くんのおばあさんを前にして、

「こんばんわ。僕、賢治くんの友達で真田と言います。

今日おばあさんが賢治くんに買ってきてくださったゲーム、

めちゃくちゃ面白かったです。

ありがとうございます」


真田くんはそう言って、深々と頭を下げた。


僕たちは、あっけにとられ、真田くんに合わせて無言で頭を下げるしかなかった。

藤田くんは、自分のおばあちゃんに対して、

僕や大木くんと同じように無言で頭を下げていた。


「あぁ、あれね。ゲームって、随分種類がたくさんあるのねぇ。

名前をちゃんと覚えてなくて、適当にそれっぽいのを買って来たんだけど、

あれでよかったのね?」

おばあさんはあっけらかんとした様子で、そう言った。


「うーんと・・・・・・」

藤田くんが言いかけたが、真田くんが割り込んだ。

「はい! 間違いありません!」


「それはよかった。あなた達、随分礼儀正しいのね。

今からすぐ、おいしいココアいれるから飲んでいきなさい。

そのくらい、つきあってくれてもいいでしょう?」


そのココアはやたらとうまかった。

それは藤田くんのおばあさんの昔からの好物で、

ドイツに住む友人から定期的に送ってもらっているものだそうだ。


おばあさんは、戦後、アメリカ駐留軍の通訳をしていたらしい。

上品で堂々した佇まいと、さりげない強引さから、

気の強さ、胆力が垣間見られる。


この人なら、ゲームを間違って買ったことを抗議したとしても、

「あっそう。ごめんね。お金あげるからこれで買って来なさい」

というような感じで軽くあしらわれそうだ。


帰宅途中、大木くんは、ファイナルファイターガイを買いに行くと言って、

ゲーム屋に向かったので、真田くんと僕の二人になった。


「さっき、おれ、おかしかったろ?」


真田くんが、ぽつりと言った。

僕はそんなことはないと答えたが、内心は疑問でいっぱいだった。


「ちょっと前、おれにも、ああいうことがあってね」


ん?


「ドラゴソボール天下一大会っていうゲーム知ってる?」


あぁ。流行ったね。

売り切ればっかで、買えたのは、発売から一ヶ月後だったよ。


「そう。それを、おばあちゃんが発売日に買ってきてくれるって言うから楽しみにしてたんだ」


うん。


「そしたら、おばちゃんが買ってきたの、

ドラゴンボーイ乙って、全然違うゲームだったんだ」


なんだそれ? そんなの聞いたことないよ。


「うん。売れたゲームの陰に、売れてない、

誰も知らないようなゲームがたくさんあるんだね」


うん。


「それで、おれ、おばあちゃんに、大嫌いだとか、

ひどいことをたくさん言っちゃったんだよ。

おばあちゃんは、ひたすら謝ってた。

おれがあんまりおばあちゃんに辛く当たるからか、

お父さんが、すぐにドラゴソボールを買いに行ってくれたんだけど、売り切れ。

今日と同じだね。

それで、次の入荷は翌週になるって聞いて、

おれ、腐っちゃって、

それから三日間位おばあちゃんと口をきかないようにしてたんだ」


・・・・・・。


そうやって、おばあちゃんと口を聞かないでいる最中、

学校に電話が掛かってきて、おばあちゃんが倒れたって、

脳梗塞かもしれないって。

・・・・・・昼休みの時間になって、すぐだったな」


そんなことがあったのか。

僕と真田くんは、小学校が別なので、このことは当然初耳だった。


「おれが病院に駆けつけた時、まだ生きてはいたんだけど、

既に意識がなくて、それからほんの10分後に死んじゃったんだ」


・・・・・・。


「あまりにも突然だったから、現実って感じがしなくてね。

夢を見てるとしか思えなかった。

だから涙も出なくて、

それで、病院で何やらいろいろやることがあるみたいで、

おれだけ家に帰されたんだ」


うん。


「家に帰ったらね、おれの部屋の机の上に、

ドラゴソボールが置いてあったんだよ。

ゲーム屋が言ってた入荷時期より何日も早い。

だから、やっぱりまだ夢の中なんだって思った。

でもね、ソフトの下に手紙があったんだ」


手紙?


「封筒に入ってるようなちゃんとしたのじゃなくて、便せんが一枚だけ。」


うん。


「『おばあちゃんあたまわるいから、

たけちゃんがほしがってたのの名前をおぼえられなかった。

またかってきたよ。

でもまたまちがってるかもしれない。

そしたらこんどはいっしょに買いに行こう。

そしたらぜったいまちがわないから。

まちがっちゃってごめんね』


って書いてあった。


ひらがなばっかりだった。


時代が悪かったんだって。

兄弟が男ばっかりで、みんな兵隊にとられちゃってたし、

おばあちゃんが育った地域では、

学校で授業を受けるはずの子供が、

軍事工場とか、軍の食糧確保の為、農作業に動因されることが多くて、

授業をほとんどまともに受けられなかったらしいんだ。

戦争が終わった後も、食うや食わずの働き詰めで、

本を読んだりする余裕もなくて、

難しい漢字とかを覚えられないまま、

年を取って、頭が固くなっちゃったんだって」


・・・・・・。


「吐いたよ。

読み終わった後、給食、全部吐いた。

そして、その後何食べても戻すようになっちゃって、今度はおれが入院。

頭もおかしくなってたみたいで、その時の記憶は曖昧なんだけど、

8日か9日、点滴で生かされてたんだ。

だから葬式にも出られなかった」


・・・・・・。


「おばあちゃんが、ドラゴソボールをどうやって手に入れたのかは、

結局わからなかったけど、

とにかくそういうわけで、おれは、おばあちゃんのことが大好きなのに、

はずみであんなひどいことを言ってしまって、

しかも、それが最後の会話になっちゃったんだ」


・・・・・・それであんなことを。


「うん。凄ぇ恥ずかしい」


まぁ、大丈夫だよ。

藤田くんは陰口とかは絶対言わないし、

大木くんはバカだから、今日の真田くんがいつもと違ったとさえ気付いてないよ。


「・・・・・・フフッ、そうかな」


うん、それに、さっきので少しでも気が楽になったなら、よかったんじゃない?


「それは・・・・・・ダメだったよ。

人ん家のおばあちゃんに何を言ったってね。

おれのおばあちゃんは、もういなくて、

謝ったり、気持ちを伝えることは、もうできないんだって、思い知ったよ」


ちょっと、深刻に考え過ぎてると思うよ。

おばあちゃんはきっと、

かわいい孫が一時的に臍を曲げているという位にしか思ってなかった。

孫に対する感情っていうのはそういうものだから。


つい、思いつくまま、知ったようなことを言ってしまい、僕は自分が恥ずかしくなった。


しかし、真田君は、

「そうか。ありがとう」

と言って笑った。


それから分かれ道まで、僕達は何も喋らなかった。

不思議と気まずさは感じなかった。


「じゃあ、また明日」


別れ際、僕はあえて真田くんの顔を見ないようにした。

彼は多分泣いていたはずだ。


真田くんから口止めはされなかったが、

僕はこの話を誰にもしなかった。


それから数ヶ月後、

ダブルスのパートナーになった佐々木くんから、

偶然、真田くんの小学校時代のことを聞く機会があった。


信じられないことに、真田くんは幼稚園から小学5年まで、

手の付けられない問題児だったそうだ。


「ジャイアンっていうか、番長っていうか、ヤクザっていうか、

とにかく怖かったよ。

あいつがいるから学校行きたくないっていうやつ、何人もいたよ」


5年までというところが気になって、僕はそこを質問した。


「5年の時、終業式の一週間位前に早退してから、

何だか知らないけど急に学校に来なくなってね。

終業式にも来なかったよ。

先生から説明があったような気もするけど、

おれらは真田が来ないってだけでよかったんで、おぼえてないんだ。

6年はクラス違うんでよくは知らないけど、

始業式の日から人が変わったように良いやつになってたんだって。

今みたいに」


ドラゴソボールの発売日は、小学5年の春休み前。

とすると、やはりあの出来事が原因に違いない。

しかしながら、その真田くんの話が、よく今まで噂にならなかったと、

僕は不思議に思ったので佐々木くんに質問した。


すると、

「笑われちゃうかもしれないけど、まだなんか怖いんだよ、真田。

それになんか寂しそうっていうか、

何でだかわからないけど、話題にしちゃいけないような感じで。

あと、女子はあいつが問題児だったことさえ認識してないと思う。

なんつーか、あいつイケメンだからさ、悪かった頃から女からは人気あってね。

良いやつになってからは余計人気が出ちゃって、

最初から良いやつだったような扱い。

まー、真田は誰も相手にしなかったみたいだけど。

けど、三小のやつだけで遊んだ時とかには、

たまーにだけど、話題になることもあるよ」

佐々木くんは照れ笑いを浮かべてそう答えた。


僕は、5年の終業式の前に真田くんが休んだのは、

おばあさんが亡くなったからだと、佐々木くんに話してみた。


「そうか、人が変わったのもそれが原因かな?

けど、おばあさんが亡くなってから良いやつになったって?

つながりがあるような、無いような。よくわからねぇな」


これでは埒があかないと、僕はつい、

真田くんがおばあさんと、けんかしたままお別れになってしまい、

今でも後悔していると、

つまり、洗いざらい佐々木くんに話してしまった。


「そんなことがあったのか。

確かに、けんかしたままとか、いじめて泣かしたやつに、

もう会えないとなったら、後味悪いかもな。

おれ達は、あいつのおばあさんに感謝しなきゃいけないんだなぁ」


佐々木くんは窓の方に顔をやりながらそう言った。

その視線の先に、第三小学校の白い校舎が、うっすらと小さく見えた。

真田くんや佐々木くんが、六年間通った小学校だ。

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