その一:節穴か!

 って終わりませんから! まだ始まったばかりって言うか今まさに始まろうとしたところで終わるとか悲しすぎますから! せめて“つづく”くらいにして!


 とにかくあれから一ヶ月、私は今日も演奏しています。日中は普通に食堂でウェイトレスをして、夜は髪型をいじくって男の服を着て、演奏会。忙しいけど楽しい!


 でもね、一ヶ月もたつのにね、誰も彼もね、私を男だと思っているって言うのはね、正直ね、どうかと思うのね。幾ら男装だからって未だに気付かれる気配すら無いとかね。


 喧嘩売ってんのかゴルァア。


 まあ楽隊に入れてくれたのは私が女だと知らないからっぽいので、女だとバレたらバレたで困るのですが。でも一度酒場で馴染みの人が昼間私の働く食堂に現れたんだけど、思いっきり「はじめましてお嬢さん(キリッ」的な顔された時には思わず我を忘れそうになりましたよ。節穴か!


 もういいよ。もうどうでもいいですよ。私は音楽漬で生きられればそれでもういいんですよ。投げやりと言われてももう何も感じないよん。


 あれ、そういえば皆さん私の名前ご存知ですか? あ、知らない。まだ自己紹介していませんでしたね。私ったらうっかりさん☆


 私の名前はシャル。はい皆さんご一緒に、シャル。


 髪は黒で、ここ何年かは伸ばしています。身長と胸は…べ、別にちっちゃいわけじゃありませんよ!? ただ大きく無いだけですよ!?


 ちなみに年齢は二十歳です。まだまだ堂々とはばかり無く年齢を口に出来るんです私。でも十年後に年齢聞かれることがあればきっと聞こえないふりをするよ!


 あ、シャルは女性の名前なので、酒場ではシルと呼ばれています。


「おういシル、今日は何の曲だ?」


 この酒場、名前は“スヴェレンの夜”。…正直、微妙。一度店主にぽろっと零したら拳骨が降ってきましたよ。鬼か。鬼なのか。顔は鬼に似ています。


 しかも私が働き始めた頃はどうにも雰囲気が陰気臭くて、よくこんなところに客来るなとか思ったり。ま、酒を飲めれば何でも良いんでしょうかね。


 なので、最近ささやかな努力として演奏する曲に毎回明るい曲調のものをセレクトしてみたり。リーダーも「お前は俺たちが知らない曲も教えてくれるから」と、結構自由に選曲させてくれます。その甲斐あってか、段々客たちも鬱々とした表情が和らいできたように思うし、私もようやく常連の荒くれ共に受け入れられたようで、軽口を叩き合える程度にはなってきたのです。


 フフフ、やはり私に不可能は存在しませんね。遠慮なくその鼻面を地面にこすり付けてひれ伏すが良い!


 …ごめんなさい調子に乗りました。


「今日は『フミエ村の踊り子』ですよ。っていうかたまにはリクエストしてください。好きな曲を演奏できるのはいいんですけど、ちょっとつまらないです」

「はあ? 無茶言うなよ。俺たちゃあ荒くれだからな、音楽のことなんざこれっぽっちもわかんねえよ」

「そうだそうだ」

「何でもいいからさっさと演奏しろー」

「酒ー」


 …こいつらシメていいですかね!? っていうか最後演奏と関係ないセリフも混じってましたし! リーダーも「懲りねえなあ」とか言ってにやけてないで、ちょっとは加勢してくださいよ!


「いや、お前見てて面白いし」

「み、味方がいねえ…」


 陰を背負って地面にくずおれた私の背中をポンとたたき、リーダーが立ち上がる。はてさて、そろそろショータイムでござんす。


 『フミエ村の踊り子』。フミエ村ってどこ? という方は、ご安心ください。私も知りません。ずっと前、私の故郷の街に立ち寄った楽隊さんたちが演奏してくれて、それ以来大好きな曲で、頑張って練習したのは懐かしい思い出です。


 軽やかで陽気な曲調と、耳になじみやすいメロディーの、思わず体が動き出しちゃうような曲です。この曲を聴けば、このガサツな脳筋野郎共もうずうず踊り出す――


「おいオヤジ、ビール追加だっ」

「ああ? てめー、金返せねえってどういうことだ! 目ん玉くりぬくぞっ」

「あ゛~ん゛~ああ゛~♪」


 誰も聴いてNEEEEEEEEE!


 お前ら演奏そっちのけで全然違う歌なんか歌うな! 音痴過ぎるわ! そこ喧嘩するな酒が飛び散るからテーブルひっくり返すな!


 何と言うかね、もうね、私は演奏しながら突っ込みまくりですよ。額に青筋ですよ。楽しい音楽の時間ではありますが、ここにいると段々私の精神とかソレ的なアレが削られていく気が無きにしも非ずですよ?


 もちろん演奏をやめるわけにはいきませんので、ピクピクこめかみを震わせて周囲を睥睨しながら演奏しました。客どもは相変わらずびゃーびゃー大騒ぎ。まあ私が来た一ヶ月前は騒ぐどころか皆どよーんと酒を飲むだけでしたから、これで良いっちゃ良いんですがね。


 その時、私は視界に一人の男性を捉えました。隅っこのテーブルで背を丸めて鉄製のジョッキを手にするその人。なんとなく観察してみます。


 髪は茶色に近い金色で、背も大きく、肩幅は広く手足も太く体も分厚く、目つきも鋭く、顔立ちも厳つく傷なんか走っちゃったりして、なんだか見た目だけなら傭兵みたいです。ぱっと思いつく傭兵の特徴を網羅しきっている感じです。


 でもその人はラガーだかエールだかをなみなみと注いで、バカ騒ぎする荒くれ連中とは少し離れてひっそりと呷っています。見覚えがありません。あ、でも案外前からいたのかもしれませんね。一言もしゃべってないようだし、単にお酒を飲んでるだけだから目に留まらなかっただけで。


 一人雰囲気が違うので演奏しながら眺めていると、チラッと目が合いました。おや、無表情ですが蒼くて綺麗な瞳でした。


 そうこうしているうちに演奏がクライマックス。高らかに最終音を発して、とりあえず礼をします。当然誰も見てませんがね。ケッ。


 ところがどっこい。


 何と言うことでしょう。例の一人黙々と酒を呷っていた彼が、意外なことに演奏が終わった私たちに、控えめではありますが拍手を送っているではありませんか。どうやら彼は私たちの演奏をしっかり聴いてくれていたようです。鋭い目元がちょっとだけ緩んだように見えたので、私も小さく笑い返してあげました。


 うん、苦しゅうない。

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