その五:わしゃあ嬉しいぞい。
今晩の演目は『美しきメンラェニの泉』。相変わらず酒場の面々は、私たちに適当にあーとかうーとか無意味な音を発してますが、基本的に演奏自体はスルーってな感じです。いつも通りラファだけは静かにジョッキを傾けつつ、演奏が始まるのを待っています。いやあ、聴衆の鏡ですなあ。わしゃあ嬉しいぞい。
本日演奏する『美しきメンラェニの泉』ですが、流麗なメロディと穏やかな曲調で、一般の人にも知っている方が多いみたいです。私も結構好きなのですが、こうして演奏するのは実は今日が初めてだったり。で、何で今日演奏するのかって言うと。
「ラファ、何かリクエストありますか?」
一ヶ月ほど前の休憩時間のことでした。なぜかこの日も食堂に現れたラファと雑談していたのです。そんな時、話の流れでそんなことを尋ねました。
「…リクエスト?」
「酒場で演奏して欲しい曲ですよ。せっかくだし、何かありますか?」
「…」
なにやら少しだけ眉根を寄せて考え込んでいる様子のラファ。威嚇されているようでちょっと怖いですね!
「『…の泉』を」
「ええと?」
「『美しきメンラェニの泉』は出来るか?」
「ああー、曲は知っていますけど、演奏はしたことないですね」
「そうか…」
あれ、何だか落ち込んでる感じですよ? 表情は殆ど変わらないけど、最近は何となく雰囲気でわかるようになってきたので、大体見当がつきます。
でも、曲とラファのイメージと噛み合わないなあ。だって『美しきメンラェニの泉』は、確か、その泉で恋人たちが逢瀬を重ねる様子をイメージして作曲された…って誰かに聞いたような。ぐふふ、案外ラファも大熊族みたいななりして可愛いところがあるじゃないですか。
ようし。ここは天然記念物レベルの友人思いでかつ超一流演奏家(予定)のシャル様が、親友のために一肌脱いであげましょう! 横を通りかかったミュリーちゃんが「初耳です」って顔してたけど別に気にしない!
そういうわけで。
「じゃあ、練習しますね!」
「何?」
「一応曲は知っていますし、他のメンバーは演奏したことあると思いますから、私が練習すれば酒場で演奏できますよ!」
「いや、しかし…」
お、何か遠慮しているようです。私の周りには遠慮とか考えない人が多いからこの反応は新鮮ですね!
「もしかして私も遠慮の無い人に入っているの…?」
「おおう!?」
い、いつの間にミュリーちゃんが隣の席に! 気配なさ過ぎる! ミュリーちゃんはどこか遠くの国に生息するという「ニンージャ」とか言う隠密集団の血縁に違いありません!
遠慮なく私の隣に腰を下ろしたミュリーちゃん。この時点でミュリーちゃんの問いへの答えは確定的ですが、それを口にするほど私は甘くはない!
「ミュ、ミュリーちゃんは入りませんよ! いやあ、私の親友はなんて遠慮深い人ばかりなのだろう!」
「…顔を見て言った方が良いと思うが」
まさかのラファからツッコミ来ました! まあミュリーちゃんの無言の笑顔の後ろにブリザードの幻がチラチラしてますから、見るに見かねたんでしょうかね! ラファは遠慮深いだけじゃなく気遣いの人のようです。
「…シャルちゃん、後で、一緒に、お話しようね?」
逃亡します。
「逃げないでね? どこまでも追いかけるからね?」
にっこり。何そのミュリースマイルやばい超やばい色んな意味で。本職の傭兵のラファでさえ心なしか顔色悪くして引いてますよ! 私はバカみたいにコクコクするしかありません。
「ところで、何のお話してたの?」
「ああー、ラファにちょっとリクエストを頂いていたんですが、遠慮しちゃって」
「遠慮?」
「私も好きでやっているんですから、練習するくらいなんでもないのに」
「ラファさん?」
ミュリーちゃんがラファさんに問いかけるも、ラファさんは静止しています。
「…」
「…」
無言の攻防。ええと、それは二人の間で何か通じ合っているのかい?
「全然」
ミュリーちゃん…。
「でも放っておいたら永久にこのままなのは理解したわ」
「ええと、何が?」
「それは朴念仁から聞き出してね」
「え」
どう言う意味? 相変わらず切れ味鋭いミュリーちゃんはとりあえず置いといて、私が視線を向けるとラファは一瞬肩を震わせました。顔は無表情なのに、変なところで動揺が駄々漏れです! そしてまたしても目そらし。ラファも人のこと言えないじゃないですか!
「そうねえ。とりあえず、シャルちゃんは練習するのもやぶさかでは無いけれど、ラファさんが遠慮してしまっていると」
「はい」
「それじゃあ、シャルちゃんの練習にラファさんが付き合えば?」
「へ?」
「なっ」
ちょ、ミュリーちゃん何言い出すの!? ラファも無表情で絶句してるし! 面白いシチュだな!
ぢゃなくて。
「そんなことダメですよ! 私の練習につき合わせるなんて! ラファだってそんなの迷惑でしょ!」
「ラファさん?」
「…い、いや」
えええー。
「シャルちゃんだって、一人で練習するのはつまらないから一緒に練習付き合ってくれる人がいたらって言ってたじゃない」
「あ、あれは、ねえ?」
ラファに話を振ってみたけど、当然ラファは訳が分からない様子。
「面倒くさい二人ね。どっちも遠慮するくらいなら、どっちも遠慮しなくなっても同じじゃないの?」
それはちょっと横暴ではないかいお嬢さん?
「そう? どっちも別に迷惑に思ってないようだから、いいんじゃないの?」
そ、そういうもんなの? そしてラファは相変わらず言葉が出ません。
「はい、じゃあ後は若いお二人でよろしくやってねー」
引っ掻き回すだけ引っ掻き回してそそくさとどっかいっちゃいましたよ! 意味不明な言葉と何かをやり遂げたかのような晴れやかな笑顔を残して。
「…嵐のような奴だな」
「…何と言うか、すいませんです、はい」
そんな流れで、ラファは、時間があるときは私の練習に付き合ってくれるようになりました。場所は食堂近くの噴水がある公園です。この噴水が、なかなか独創的なのですが、まあそれは置いといて。
意外と、ラファは私の練習を真面目に観察していて、例の曲を私が間違って覚えていたりした部分があるとそれを指摘したり、ここの音はこうこうこうした方がいいのでは? とアドバイスをくれたりして、それが意外と的を射ていたりもして、有意義な時間を過ごすことができました。
で、帰りには屋台に寄って、軽くおいしいものを食べたり。最初は練習付き合ってもらってるから私が払おうとしたのですが、リクエストは俺のわがままだとか何とか言われて、払ってもらっちゃいました。太っ腹!
でもこれって何か練習に付き合ってもらってるって言うより年頃のリア充がよく異性と楽しむというデー…いやそれはナイナイ。
ですが段々「良く出来ました」の意味なのか毎回頭を撫でられるようになりまして、しかもそれが定着してしまった感が否めず、私自身「別にいっか」とか思っちゃっていたりして、まあ要するに着々と距離が近づいている感じがして、私としてはベッドの上で一人枕を抱えつつごろごろしちゃったりするのです。
私だってたまには乙女らしいキャッキャウフフを妄想しちゃったりするんですよ! いや、でもラファがキャッキャウフフの片割れやっているシーンとか想像したら、逆に精神的なダメージがありそうです。
だって、あのラファが「待て~こいつぅ」とかって…!(白目)
まあそんな失礼なことを考えたり、練習したり、演奏したりして一ヶ月。
リクエストの『美しきメンラェニの泉』は大好評でした。主に楽隊のメンバーに。え、客? うん、観客は約一名しかいなかったけれど、大好評でしたよ? いつもの控え目な拍手が、普通に近い控え目の拍手になるくらいには好評でしたね。他にも店内には何かいたようですが、多分カボチャとかじゃがいもの仲間でしょう。
楽隊のメンバーは、私がやりたいと言った曲が自分たちの十八番だったことに気を良くしたようで、演奏の後でいろいろ奢ってくれました。いやあ、役得って奴ですね。
あ、一つ不思議なのは、なぜかその後もラファはどんどんリクエストをくれて、しかも毎度練習に付き合ってくれるようになったことですね。ラファがくれるリクエスト、なかなかにコアなところをついてきたりして、しかもジャンルは多岐に渡ります。
さすがにワルツを持ってきたときは絶句しましたがね! ワルツって似合わなすぎだろ! うすうす気付いてはいたけれど、どうやらラファはギャップが主成分のようです。
というわけで、私は今もラファが仕事の無い日はほぼ毎日、頭を撫でられ続けているのでした。
なんというのか、大きく太くゴツゴツしていて、ちらほら剣ダコがあったりしてしまう物騒な手ではありますが、案外優しく撫でてくれるのです。しかも何でだかとても安心出来てしまう感じで、気持ちよいのですよ。私はペットか。
でもやばい、癖になるかもです。
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