その六:愛いのう。

 私が酒場で演奏し始めてから半年以上経ちました。それはつまりラファと知り合ってから五ヶ月以上経ったということでもありまして、なんだかんだ言って仲良くさせていただいていますですはい。


 いやあ、これだけの期間があると、まったり過ごしたり、何だか微妙に険悪になったり、反動でちょっといい雰囲気になったりと、色々ありました。ラファ、大方の予想を裏切って、実に初心な反応を見せてくれします。いつも頭撫でてくるくせに、何でだか知りませんが、手が触れ合っただけで固まったりします。うーん、微妙です。多分、頭を撫でるのは「良い子、良い子」ってな気分なんでしょうけど、やはり肌が直接触れ合うと、変に意識でもしてしまうとかなんでしょうかね?


 でも私としてもなんというか、こういうの、どう表現するんでしょうか? そう、満更でもない感じなんですよ。一緒にいると落ち着くというか。


 ちょ、これ、もしかして恋人みたいじゃね!? とか思ったりもしますが、冷静になるとこれが友達以上恋人未満って感じなんでしょうねと妙に納得しました。私としては何だか恋人でもいいと思っちゃっています。この私が! 万年日照り状態のこの私にまさかの春到来ですよ!(脳内)


 あー、でも私色気とかって無いしナー。ラファも、私を意識してくれているのか、単に女性に免疫が無いのかよくわかりませんし。純朴な少年ってわけでもないはずなんですがね。何も言わないから、今のところ中途半端っぽい関係です。多少の好意は持ってくれていると思いたい。これはこれで居心地良いんですけど。


「こいつ、仕事中はむっつりでなあ、仕事仲間の女とか近づいても眉一つ動かさねえってのに」

「…ウォン」

「ほうほう、そうなんですか」

「だからよお、こう言っちゃ何だが、ラファがどぎまぎしてる様子なんざ見たこと無くてなあ」

「ウォン」

「そうですよねえ。私も初めて会ったときは『く、熊!?』とか思っちゃったのに、今は…」

「だろ? ま、今でも表情とかほとんど変わんねえけど、分かる奴が見れば面白いほど挙動不審だぜ、こいつ」

「ウォン!」

「あ? なんだよさっきから。俺はシャルちゃんと話してんの。お前は黙れ」

「ラファったらどうしたんですか? 今日はいつにもましておかしいですよ」

「お前たち…」


 息を吐きながら眉間をもむラファ。どうしたんでしょう。熱でもあるんでしょうか?


「大丈夫ですか? 少し休んだほうがいいんじゃないですか?」

「…」

「ラファ?」

「…」

「…ぷ、くくく、はははははは」

「…ウォン、お前、覚悟は出来てるんだろうな」

「いや、すまん、でもな、お前、くぅ、いや、も、無理だわ」


 ケタケタ笑うウォンさんというこの男性は、自称ラファの親友だそうです。ラファは自称以上のものではないと言っていました。うーん、でも見た感じ結構仲良さそうなんですけどね。少なくとも軽口を叩き合える程度には心を許しているように見えます。


 ふふふ、シャルさんは理解しましたよ。喧嘩するほどなんとやら、という奴ですね! 照れ隠しするラファも愛いのう。


「…シャル」


 ため息交じりのラファの声。


「シャルちゃん、あんた、分かりやすいな」

「え、何がですか?」


 ウォンさんが何か失礼なことを言ってきました。


「頭の中が顔から駄々漏れなんだよ。ま、こいつにしたらそれがいいんだろな」

「はい?」

「ウォン! いい加減に――」


 そうしてまた仲良く喧嘩し始めた二人を眺めつつ、お茶をすすります。近頃、休憩時間になると、なんでだか同僚たちはそそくさと食堂から裏に引っ込んでしまうようになりました。その代わり好奇心満載な視線が背後からずぶずぶ突き刺さる感じがするのは私の気のせいでしょうかー?


 ミュリーちゃんは今でも何ら抵抗無く私たちの会話に紛れ込んだりしますけどね。マジミュリーちゃん最強。でも今日はお休みです。え、何でかって? 私と出番を代わってもらったからですよ。


 実は来週、この皇都で大きなお祭りがあるのです。聞くところによると双子の皇子、スウォニラル・デ=カリエ・スヴェレニ殿下とグラキシュア・デ=ヤルタ・スヴェレニ殿下の成人を記念したお祭りなんだそうですが、まあ私としてはそんなことはどうでもいいです。


 お祭りですよお祭り! お祭りといえばおいしい食べ物、煌びやかな街、そして何といっても! お城の楽隊が街に出て特別に演奏会を開くそうなのです! 


 …行かねばなるまい。例え数多の屍を乗り越える運命にあろうと、我は行かねばならんのだ!


 ふう。


 ってことで、ミュリーちゃんと休みを代わってもらい、私はラファとその日の打ち合わせをしていたのです。二人並んで色々回る予定なのです。うん、デートです。もう言い切ったもん勝ちです。


 その話し合いになぜかくっついてきたのが、このウォンさん。面白い人で、悪い人でもないんだけど、すぐにラファと漫才を始めちゃうところがちょっとアレです。ラファ相手に漫才出来るのはなかなか凄い才能だと思いますが。


「…ほんと、分かりやすいなシャルちゃんは」

「ええと、すみません?」


 にっこり。笑顔は鎧です! ほらウォンさんももう追及できませんよ!


「シャル…」


 ラファ? その疲れたような声は何ですか?


「…いや、なんでもない」

「尻に敷かれてんなあ」

「黙れ」

「いやあ、でも安心したよ。シャルちゃんが良い娘でさ」

「はい?」

「だってさ、こいつ最近いっつもシャルちゃんの――」

「ウォンッ」


 かなり真剣な声のラファ。さっきから名前呼ぶばっかりだなラファは。ウォンさんは降参と言うように手を上げて口をつぐみます。目をやると、どこと無くラファの顔が赤いです。おや?


「まあとにかく、これなら大丈夫ってことだ」


 私が尋ねる前にウォンさんが話を終わらせてしまいました。


「何を言っているんだ、ウォン」

「お前こそもう黙ってろ。このむっつりが」


 うぐっ、と口をつぐむラファ。


「とにかく、こいつこんななりで、しかも普段は無口無表情で仲良い奴俺ぐらいしかいねえんだよ。だからさ、こいつのこと、よろしく頼むぜ」


 それだけは真面目な表情でウォンさんが私に言います。なんだ、こんな風に気にかけてくれてるなんて、やっぱり良い友達なんじゃないですか。


「知らん…」


 肩を落とすラファの背を笑いながらウォンさんが叩き、それをラファがまた恨みがましく見ています。うん、ウォンさんに一票。


 そうして、ウォンさんが席を立ちました。


「ま、とにかく、大丈夫そうだな。あとは二人でよろしくやってくれ。でも祭りが来週で良かったな。再来週には――」

「ウォン」


 ん? 再来週にはどうしたんですか?


 気になったけれど、ラファが止めてしまいました。そんなラファをウォンさんは怪訝な表情で見つめ、やがて渋い表情に変わりました。


「お前、まだ言ってねえのかよ」

「…ああ」

「…まあ、お前もこういうこと初めてだろうから、分かんねえんだろうがな。ちゃんと言え。けじめつけろ」

「…分かってる」

「ならいいけどな」


 ええと? 何だか二人で完結しちゃいましたが、どういう意味なんでしょうね?


「それは後でこのボケナスから聞けよ」


 ミュリーちゃんと同じことを言いますね。そう言えば、何となく雰囲気も似ている感じですし。具体的にはというと答えられませんが。


 軽く片手を挙げて立ち去るウォンさん。うーん、良く分かりません。とりあえずお祭り回る順番でも決めますか。

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