その三:ふおおおおおおおお。
そんなこんなで、男性とは後ほど時間をとってお話をしました。食堂って、お昼時は死ぬほど忙しいのですが、ピークを過ぎると誰も来なくなるので、それを利用して。
ちなみにこの食堂、テーブルは十五、彼の人はやはり隅っこに座っているので、私も隅っこですね。窓際のテーブルで、このお店は少々海に近いせいで潮風の香りがします。
皇都スヴェレンは海の街です。街中でも八百屋さんのほかに新鮮な魚介類がずらりと並びます。他の都市では、輸送するのに馬車とか冷却の魔法とかで色々経費がかさみますが、ここではずっと安く手に入ります。でも、なぜかこの食堂のイチオシはラムのソテー。
そこは魚にしとこうよ! と内心私がツッコんだのは言うまでもありません。
さて、話してみると案外男性は見た目の割りに(失礼)普通の人でした。いや、顔が怖いのはデフォルトですが、慣れれば愛嬌があると錯覚できなくもないです。
その私の目の前でむっつり座っている男性の名前はラファさん。仕事は傭兵をしているそうです。予想通り過ぎるだろ! 思わず口をついて出た私のツッコミにも、眉を寄せただけで受け流してくれる程度には出来た人だったようです。まあ、私の得意技、『スタイリッシュミラクル平身低頭』の効果も抜群だったようですがね!
「あの、何かお話があるんでしょうか…」
恐る恐る聞いてみました。
「お前、酒場で演奏していただろう」
やっぱりバレてるー!
「なぜこんなところで給仕の真似事をしている」
「な、真似事じゃありませんよ! こっちが本職ですよ!」
「何?」
ド、ドスの効いた声っておなかに響きますね! もしや怒ってるの!? なぜ!
「それではもう演奏はしないのか」
「は、はい?」
「真似事は演奏のほうか」
「え? ち、違いますよ?」
「…」
…ええと、何か重要な齟齬が生じている様子ですよ隊長殿。
「あー」
とりあえず順番に説明しましょう。
「まず最初に。私は田舎から出てきてこの食堂で働いて生活費を稼いでおります。なのでこちらが本業です」
ゴゴゴゴゴ。
表情は変わっていないはずなのに、背中に不思議な効果音を背負っている気がするのはなぜでしょうか。
「では、酒場は」
もうここまで声が低いと熊の唸り声のようです。
「は、はい。ええと、私が田舎から出てきた理由を絶賛ご紹介。私は音楽家を志しています。なので、演奏のほうも、真似事と言うわけでもありません」
「…そうか」
私の回答を聞くと、急に威圧感が消失。どことなくラファさんが申し訳なさげな顔になった気がします。あまりに唐突に雰囲気が変わったので、私としては目を白黒させるばかりですよ!
「な、なので、目下の目標は、そっちを本業にすることですが、いかんせん私は女なので、なかなか音楽家になるのは敷居が高いのです。だから、出来れば酒場の面々には私が女だと隠して欲しいのですが…」
「…?」
ほんの僅か、角度にして右側に約二度程ラファさんが首を傾げています。
「ラファさん?」
その仕草の意味が分らなくて声をかけると、今度は左側に首を傾げます。
「意味が分からないのだが…」
「だから、私が女だと秘密にして欲しいんです」
まさかの『女装じゃなかったのか』的なオチですか? だとしたらさすがにショックです! これでもハタチというまだまだ繊細なお年頃の乙女なのですよ!
「…隠していたのか?」
「へ…?」
「女だということを隠していたのか?」
今度は私の方が首を傾げます。
「はい。だって楽隊のリーダーも未だに坊主呼ばわりですよ」
「…知らなかった」
「え」
まさか、まさか。これはまさか、周りの人が私が女であることに気付いていないことを知らなかったという意味ですか?
「ああ。なぜ男の格好なのかと思っていた」
さらりと肯定するラファさん。
ふ、ふおおおおおおおお。
「…ラファさん」
「…」
ずずずいっと私はラファさんににじり寄りました。ん? 何で体引くんですか? 椅子がみしみしいってますよ? そしてなぜそのまま身構えているんですか? まあいいですけど。
「ラファさん」
ぴくりと肩を震わせるラファさん。まるで私に怯えているようですが、大の男がまさか、ねえ?
「…何だ?」
こわごわと言った風情で声をかけてきたラファさん。私ははっきりと言ってやります。
「私たち、お友達になりましょう!」
しかしラファさんは、私の言葉を聞いた途端、カチンと静止してしばらく無言になってしまったのでした。
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