その二:ダメじゃん!
「っていうかもしかして私変態に思われてね!?」
「いきなりどうしたのシャルちゃん」
翌日、私は日中働く“アヒルの食卓亭”で前夜のあれこれを思い出し、思わず叫んでしまいました。というかこの食堂も、名前が…。いや、言うまい。
まあそれは置いといて、何を思い悩んでいたかと言うと。私は酒場では多少華奢ではあっても男として通っているのです。昨日のあの厳つい男性、思わず笑いかけちゃいましたが、よくよく考えると、男同士で小さく微笑みあってポッ…危ない香りしかしないじゃないですか!
これが傍観者ならとっても楽しいのに、いざ当事者だと、かなりやばいです。主に私の社会的な寿命が。
「やばい、やばいっすよぉミュリーちゃん!」
「確かに今のシャルちゃんは色んな意味で危ない感じだけど」
じ、実に正直な感想ですねミュリーちゃん! そんな君が大好きだけど私の心はぐりぐり抉られちゃうっ。このミュリーちゃん、私が皇都に出てきた頃からの付き合いで、私が酒場で演奏しているのを知っている唯一の友人なのです。なので、私の現状を相談できる唯一の人でもあります。
「かくかくしかじか」
「ふうん。でも、仮にそういう噂になったとしても、シャルちゃんとシルが同じ人だって知ってる人は私しかいないんだから、気にしなくても良いんじゃないのかしら」
「ああ、それもそう…って違わい! 私があの酒場にいられなくなるのが問題なんですよ! せっかく好きに演奏させてくれる場所に入り込めたのに!」
『なあ、あいつに近づくとおいしく頂かれちまうらしいぜ…(意味深)』とか、変な噂が流れれば私は即座に放り出されちゃうよ!
「考えすぎというか気にしすぎだと思うけど…。ああいう人たちって見た目通り頭空っぽで何も考えて無いだろうし」
「…」
「…どうしたの?」
イイ! 毒舌イイ! くりくりした瞳に綺麗な金髪のザ・美少女なミュリーちゃんだけど、可愛い顔してセリフにそこはかとなく毒が混じっているのがイイんです!
ああ、話がそれてしまったじゃないですか。恐るべしミュリーちゃん。
「そらしたのはシャルちゃん――」
「さて! 確かに堂々としていれば大丈夫だよネ! さすがミュリーちゃんだネ!」
「シャルちゃん…」
フフフ、生暖かい視線など受け流してしまえばどうと言うことは無いのですよ!
でも私がそんな余裕を見せていられたのはまさにつかの間でした。その日のお昼時のこと。当然お昼だから、食堂は大忙しです。そんな中私はテーブルの合間を縫ってオーダーとったり料理を運んだりしていました。そして。
「いらっしゃいま――さよーならー」
はい、入り口から入ってきた顔を見て、私は挨拶もそこそこ回れ右。
「待て」
ひぃいっ。
何か低くて渋い声が追いかけて来ましたが当然私は聞きません聞こえません! でもさっさと逃げようとしたのに後ろから伸びた手に腕をつかまれました!
「何で逃げる」
ひぃっ、ひぃいぃいぃっ!
っていうかなぜ! なぜ昨日のあのごっつい人がここにいるんですか!?
あ、でも、もしかして、まだ気付かれたと決まったわけじゃない? だってほら、私、未だに酒場では男と思われていますし、単に逃げたから捕まえただけって事も。以前来た例の馴染みのお客さんも、食堂モードの私がシルだと夢にも思っていない感じでしたしね(泣)。
そう、そうですよ多分。堂々としていれば良いのデス! きっと大丈夫、何かやるせないものがあるけど!
そしてぐいっと振り向かされた私は、男性と顔を見合わせます。おおう。昨日は遠目でしか見なかったのですが、近くで見るといっそう迫力が際立ちます。顔も怖いし、眉間に走る傷が生々しいです。しかも逆光。威圧感パネェ。
「い、いらっしゃいませー」
内心ビビりまくりながらも挨拶をした健気な私を誰か褒めて!
笑顔が引きつっている感じがするのはきっと気のせいだよ! でもここを乗り切ればあとはどうとでもなります。笑顔、笑顔、頑張れ私の表情筋! あれ、でも男性は私を見つめるや否や、かすかに目を見開いています。なんででしょうね?
「お前」
「…はい?」
「…酒場はどうしたんだ」
…ダメじゃん!
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