番外編
キューピッドとは呼びたくない。(前)
様子がおかしい。ああ、何のって、俺の相棒のだよ。
視線が泳ぐ。俺に隠れてどこかへ出かける。行き先を聞くと何も答えねえ。あいつが隠し事なんて器用な真似できるわけねえから、きっと何かある。
そんなわけで俺は、暇があればそそくさと出かける相棒の背を尾行することにした。これには細心の注意が必要だ。何せあいつは、荒事となったら俺でさえ敵わねえくらいの猛者だからな。バレねえに越したこたあねえ。
ああ、自己紹介がまだだったな。俺はウォン。まあ、しがない傭兵だ。腕っ節が取柄の荒っぽい奴だよ。相棒も傭兵。ちなみに相棒の名前はラファ。俺もごついが、あいつは別格だ。大熊族…って分かるか? 分かんねえか。まあエリャインならともかく、この辺にゃあまだ亜人なんてそうそういねえからな。
そんな大熊族みてえに、ごつくて厳つくて、岩が服着て歩いてんじゃねえのか? とか疑いそうになるのが俺の相棒。泣けてくるぜ。あいつのせいで、女と話すどころか、怖がって俺にも近づいてこねえ。まあ、俺の見た目もそう人のこたあ言えねえんだがな…。
とにかく、そんなラファが、最近落ち着きがねえ。仕事中はきちんと集中しているが、いざ時間が空くと、ぼーっとしたり、フラフラしたり、誰だお前? てな具合の変わりようだ。
そこで、俺は考えた。
こいつぁ、もしや、この朴念仁にもついに春到来ってやつか? いや、俺だってまだ半信半疑だぜ? でもなあ、あいつも男だ、いつまでもボケのまんまじゃねえだろ。
でも、どうなんだろうなあ。あの、ラファに。「口と口をぶつけ合って何が楽しいんだ」とかビョーキみてえなことを平気で口にするようなあの感情欠落男に、春?
ほとんど信じらんねえが、それでもあいつが妙にそわそわしてんのは事実だ。原因を突き止めねえと、相棒としては収まりが悪ぃ。
俺は、二人で借りている部屋をあいつが出て行くのを横目で確認し、開けっ放しの窓から向かう方向を見定めてから、遅れて部屋を出て追った。
しばらくして、奴が入っていったのは、海の近くにある食堂だった。…なんだ、ただの腹ごしらえか? さすがに堂々と中に入るわけにもいかんから、俺はしばらく近くに積まれた樽の陰に身を隠す。
「おじちゃん」
「ん?」
顔を上げると、しゃがみこんだ俺の横にガキが立って、物珍しげに見ている。
「おじちゃん、何してるの?」
「いや…」
口ごもっちまった。
「もしかして、ストーカー?」
「ちょ、何言ってんだこのガキ!」
だが、一瞬俺は「確かにそれっぽいかもしれねぇ」とか考えちまい、ガキはそんな俺を見て、
「やっぱり! ストーカー! はじめてみた! ストーカーだぁ!」
「おい、黙れっ。俺はそんなんじゃねえ!」
多分。
周囲から突き刺さる視線を感じて俺は慌てた。
「えーでもママが、『かくれてだれかをみてるひとはストーカーなのよ』って…」
「ぐう!?」
あまりの正論に、俺はぐうの音…は出たが、二の句が継げねえ。
「ねえ、おじちゃんだれをおいかけてるの?」
「それは…って」
そのとき俺は、目の前の食堂から出て、誰か見覚えのねえ背中と連れ立って離れていくあいつに気付いた。
「おい坊主、いいか、俺はストーカーじゃねえ」
「えー、でも――」
「でももくそもねぇっ。とにかく俺はもう行くからなっ。変なこと言いふらすんじゃねえぞ!」
俺は随分遠くに見えるあいつの背を追って走り出す。背後から「やっぱりストーカーなんだ」と聞き捨てならねえ台詞が聞こえたが、今は捨てるしかねえ。くそっ。親が教育熱心なのも考えもんだぜ!
気もそぞろになりながら、奴の後を追う。あいつは無駄に、いや職業的には無駄じゃねえんだが、とにかく気配に鋭いから、細心の注意を払わなきゃなんねえ。そして、ようやく、何だか寂れた公園に入るところで、あいつの連れを確認できた。
もう、色々ぶっ飛んだ。
「お、女の、子…」
そう、奴の隣に歩いているのは、なんともちびっこい、それこそ俺らより十は若そうな、女の子。そう、女の子だ。女、じゃねえ。女の子。
おい、ラファ、それは、幾らなんでもそれは、やべえぞ…。
相棒が、まさか、そんな犯罪者的な一面を持っているとは…。いや、俺も信じたくはねえ。でも、むっつりははっちゃけると怖えからな…。そう考えると、ありえなくも…。
「つーかロリってどういうことだよ…」
どうやった、どうやって垂らしこんだ。大人の女でもアレなのに、自発的にあいつに近付く子供なんてこの世に存在するのか!? いや、もしかして、だとすると、まさか無理やり…。
想像しちまって、戦慄が体を駆け巡るが、俺はこれまで培った経験を総動員して動揺を抑える。
そんな時、俺は間近に誰かの気配を感じた。デジャブを感じる展開に、またさっきのガキか…と苛立ちながら横を見ると、
「ロリじゃないわよ」
そこには、俺の予想に反して、えらくきらきらしい女が、いた。
「だってあの娘、私よりちゃっかり年上だし」
その女は、まるでそこにいるのが当然と言うようなしれっとした態度で、俺に何か言っているが、当然そんなのは俺の耳に届くわけねえ。
「…ど」
――わぁ! と思わず叫びそうになった。
だがその女は堅気とは思えねえような目にも止まらぬ動きで、俺の口を押さえた。そして、手を離すと、やれやれという感じで、
「まったく、気付かれたらどうするのよ、ストーカー失格よ」
「なっ、俺は」
ストーカーじゃねえ! と叫びそうになり、また口が押さえられる。
「気付かれるって」
「…面目ねえ」
「どういたしまして」
――ストーカーさん。言うその女に、毒気を抜かれる。つーか、
「俺はストーカーじゃねえ」
「え、でもさっき、お店に男の子が来て、変なおじちゃんがストーカーしてるって」
…やっぱりあのクソガキか!
「っていうか、警邏の騎士でも無いのに隠れて追いかけるって、立派なストーカーよ」
「…」
もう知るか。そもそも、
「お前こそ誰なんだよ」
「あ、話そらした」
「…お前もだろ」
「バレたか」
テヘッとか言いながら、舌なんか出していやがる。くそ、様になってんのが癪に障るな。
「とにかく、なんでいきなり隣に陣取ってんだ。お前こそ人のこと言えねえじゃねえか」
「あなたこそ、私のシャルちゃんに付きまとって、どういうつもり?」
「シャルちゃん?」
俺は首をかしげる、もしかして、
「あのちびっこいやつか?」
「知らないでストーキングしてたの?」
問いかけるその女。
「…だから違う。そもそも俺が追いかけてたのはあのでっけえほうだ」
「…そう」
「何だよその目は」
その生暖かい目がマジで腹立つんだよ。しかし、良く見てみると、エラい美人だ。髪は金髪でそれが無駄に光を返して、二割増しできらきらしい。さらに言うなら、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。実を言うと、かなり俺好みだ。
…中身以外は。
「いいえ、別に他人の評価なんて気にしなくていいのよ。私もそういうの、結構嫌いじゃないし」
「いや意味分かんねえよ」
何勝手に納得してんだ。
「世間の風は冷たいかもしれないけど、私はあなたたちを応援するわ」
「…言いてえことは何となく分かった。何も分かってねえことも分かった」
俺はため息を吐く。
「ったく、何で女ってのは皆そういうのが好きなんだ…」
「何、違うの。つまらないわね」
「俺は別にお前の楽しみなんかのために生きてるわけじゃねえんでな」
俺が反射的にそう言うと、女は一瞬怯んだように息を呑んだ。
若干の沈黙、そして。
「…あなた、良いわね」
その女の目がギラリと光った気がした。いきなり雰囲気が変わった女に、俺も思わず息を呑む。
「すごく、良い」
「はあ?」
何なんだこいつは。つーか何だその不気味な笑みは。声にドスが利いてるように聞こえたのは俺の気のせいか。こいつはあれか、もしかして女の皮をかぶった肉食獣とかなんじゃねえのか。ヤベェ。
「気にしないで。ところで、私の名前はミュリーよ。あそこのかわいい娘は私の親友」
「…いまいち良く分かんねえが、俺はウォンだ。あそこのごついやつの、まあ相棒だな」
俺を射抜く若い女とは思えん眼光に、ちいとばかし落ち着かない気分で身震いしながら、俺は自己紹介した。
ってなわけで、こんなのが、俺とその女、ミュリーの出会いだ。そうして、お互いの事情を明かした俺たちは、そのまま、見ていていたたまれねえ二人を観察する協定を交わした。
この後俺たちは、亀みてえな歩みでくっつきそうでくっつかんあいつらに業を煮やしながら、突っついたり背中を押したりせっついたりする。んで、いつの間にか、あいつらだけじゃなく俺たちも気付いたら何というか、そういう感じになっちまったりするんだが、まあ、そのきっかけがこの時ってことなんだな。振り返ってみると、我ながら最悪の出会い方なんだが。
ちなみにこの時のミュリーの台詞の本当の意味を俺が知るのは数年後、奴らに続いて俺たちにガキが出来てからになる。
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