その九:どういうこと?
「シャルちゃんて、バカなのね」
「ひどいです…」
あれから二日。私は体調不良ということで、昼も夜もお仕事をお休みして引きこもっています。なんといいますか、ラファの言葉はそれなりにショックだったみたいで、朝起きて桶の水に映った自分の顔を見たら相当キテる感じだったので、食堂の店長と酒場の親父さん、楽隊のリーダーに少しの間休むと言いに行きました。
二人にも私の顔は相当酷く見えたらしくて、二つ返事で了承してくれました。
それにしても、こんな可愛げが私にもあったなんて、まだまだ私も捨てたもんじゃないですね。
そんなこんなで家の布団の中でうんうん唸っていた私のところに、ミュリーちゃんがお見舞いと称する襲撃に来て、例のブリザードスマイルでもって私から事情を聞きだした上、何だか暴言っぽいお言葉を頂いた次第なのであります。
「あら、ごめんなさいね。シャルちゃんというより、二人ともバカね」
それ大して変わらなくね?
「そもそも、私としてはシャルちゃんが出発を未だに知らなかったことが驚きなのだけれど…」
「どうせ私は無知ですよ…ってミュリーちゃんは知ってたんですか!?」
「うん」
ガビーン。まさかの親友の裏切りに私は古臭い擬音を背負ってうなだれます。
「私だけ知らなかったんですか…」
「まあ、ラファさんってその辺無駄に奥手っぽいから、言い出せずにこのタイミングってことかしら」
それにしても、とミュリーちゃん。
「よりにもよって祭りの後に言うなんて、ダメダメにも程があるわね」
「…」
「まああっちのほうはどうにかなるとして、問題はシャルちゃんね」
ん?
「シャルちゃんは、どうしたい?」
「え」
「このまま逃げたままで、いいの?」
それは…分りません。
「向こうも向こうで、こっちもこっちか…」
「はい?」
「こっちの話よ」
で、結局、どうしたいの?
もう一度質問されても、私は答えられませんでした。驚いたことに、私の中でラファは、随分と大きな存在になっていたようです。いや見た目の話じゃなく。
一番驚いたのは、音楽。あれほど燃えていた音楽への情熱が、あの日以来しぼんでしまっているのです。私は多分、疲れてしまったのかもしれません。だって、ラファがもう聴きに来ないというだけで、楽器を手に取る気力がわかないのですから。
私の気持ちって、その程度のものだったのかな、と思いますし、でも、ちょっと違うのかもしれません。やっぱり、誰かに聴いてもらえてる実感が無いと、どんなに好きでも、辛いと思うものなのかもしれません。
皇都に出てきて、夢が破れかけて、そんな中初めて演奏を「嫌いじゃない」と言ってくれたラファ。
多分、あの一言が、あのときの私を救ってくれたのです。
そして、一緒に練習に付き合ってくれて、頭を撫でてくれて、いつの間にか心の中にドンと居座って。それが、こんな終わり方になるなんて。
…。
…。
何だかつらつら考えているうちに、今度は沸々と怒りが湧いてきました。だって、あまりにも勝手じゃないですか! 気付いたらずけずけと人の心の中にいて、いつに間にか大事な人になって、あまつさえいきなりさよならとは! 許すまじ!
…いや、分ってますよ。大部分八つ当たりってことは分ってますよ。
でもさあ、ラファだって悪いですよね? 百歩譲って好きになったのは私の勝手だとしても、ミュリーちゃんの言うように、せっかくのお祭りの楽しい気分を、わざわざどん底に突き落とすようなタイミングで言わなくたっていいですよね? もっと早く言ってくれていたら、ちょっとはダメージも少なかったかもしれないじゃないですか。
私がラファを好きだってラファが分っているにしてもいないにしても、私だけ悶々としてるなんて、ちょっとバカみたいな気がしてきました。
「ミュリーちゃん…」
「なあに?」
「私、なんだかとってもムカムカしてきました」
「どういう思考でそうなったのかは訊かないでおくけど…で、どうする?」
「もう一度ラファさんに会います」
「それで?」
「私のほうからすっぱりさっぱりお別れを言ってやります。爽やかな笑顔付きで!」
「…そう」
あれ、ミュリーちゃん、そのどこか疲れたような顔は何ですか?
「何でもないわ。まあ、向こうにはちょっとハードル高くなったかもしれないけど、そういうことなら、ちょっと待っててね」
いまいち良く分からないことを言い残しつつ、ミュリーちゃんは帰りました。で、日が沈む頃に戻ってきました。
「今日の夜、いつもの噴水の前で、だって」
「は?」
「一人で来て欲しいって」
「は?」
「途中までは私が一緒に行ってあげるから」
「は?」
…どういうこと?
…。
ええと。
そういう訳で、気付くと私は、とぼとぼと噴水公園へと向かっておりました。背後にはミュリーちゃんが控えているので、逃げようにも逃げられません。
「しっかりしなさい」
「…」
公園の入り口で、ポンっと背中を押されました。夜の公園は見慣れない感じでちょっと怖かったのですが、満月から降ってくる銀色の光が綺麗です。
ここまで来てしまったら、もう、行くしかありません。
一つ深呼吸して、私は夜の帳の下りた公園に足を踏み入れました。
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