その十:なんですと。
皇都の中心から少し外れたところにある噴水公園。
この公園は豊かな緑と、その名の通り、中央にある噴水が印象的な公園です。でも、この噴水、印象的の方向性が少し間違えています。
何と言うんでしょう、実に形容しがたい形をしているのですが、こう、複数のバナナとマンゴーを合体させ、さらにそれを巨人が踏み潰しかけたその瞬間、という感じでしょうか。そしてそのひしゃげたバナナ部分の先端から、申し訳程度の水がちょろちょろと流れ出ています。
ちょっと私には理解しがたい美的センスですが、どこかの奇特な好事家の目に留まったらしく、各地にちらほら同じ作者の作品があるそうです。あれです、貴族とかそういう人種には人に無い個性を発揮していないと死んでしまう病でもあるのかもしれません。
はい、現実逃避です。
そうこうしているうちに、木立の間から件の噴水が見えてきました。その歪なオブジェの前に立ちすくんでいるのは――
「ラファ」
予想通りの後姿に思わず声が漏れました。ビクッと肩を震わせて振り返った顔は、やはり、見慣れたラファのものです。
「…シャル」
そう言うラファの声は、いつもより随分低くて、私は思わず後ずさりしそうになります。でもこんなことで負けていられません。ズバッと三行半突きつけてやると決めたのですから。
私はどうにか自分を叱咤して、ラファの前に歩み寄ります。すると、月明かりに照らされたラファの顔に違和感。
…腫れてる?
「ラファ、その顔どうしたんですか?」
「あ…いや、少しウォンにな…」
ウォンさんに殴られたということでしょうか。何かあったのでしょうか。
「何でもない」
「本当ですか? 大丈夫ですか?」
「ああ…自業自得だしな」
ボソリと付け足された言葉の意味は良く分かりませんが。それにしても、これからバッサリお別れするという相手を心配するなんて、私もおかしなものです。そこで会話が途切れて、沈黙。でもこのままでは埒があかないので、頑張って、口を開きました。
「…もうすぐ、帰るんですよね?」
声が震えないようにするのが精一杯でした。
「…ああ」
少し掠れたラファの声。
「そう、ですか」
「…」
「分かりました! お仕事頑張ってくださいね! 本当はもっと気の利いたことが言えればいいんですけど、なにぶん私は阿呆なもので」
ラファの威圧感が大きくなった気がしました。でも私は努めて明るく笑います。
「…そんなことはない」
いえいえ、お世辞を言ってもダメなのですよ。私なんて、いつも変なこと考えてるし、言ってるし、取柄と言えば鬱陶しい明るさとちょっと楽器が演奏できるってくらいなもんです。
私はラファに、もっと何かしてあげられたはずなのに。してもらうことばかり期待して、もっとラファの深いところに踏み込んでいく勇気がなかったのは私も同じなんです。
こんな私が、誰かの大事な人になんてなれるはずがなかったんです。
「シャル」
だから。私もすっぱりきっぱり忘れますので、ラファも気にしないで、
「だから、気にしないで行って、くだ、さ、…あれ?」
何だかおかしいです。あれ? あれ?
「シャル」
「あ…れ、どうしちゃ、ったんでしょうかね、私」
どういうわけだか、私の目から変な水が流れていきます。声も、何だか喉が詰まって、うまく出せないです。
うん? 予定では、後腐れなく、すっきり憎たらしいくらい爽やかに、お別れを言ってやるはずだったのですが。
「泣くこと、なんて、無い、はずなのに、やっぱり、っ、私、おかしいですね?」
「そんなことはない」
そう言うと、ラファは私を引き寄せて、抱きしめました。ラファの匂いがします。私より高い体温が心地よいです。じゃなくて。
…うええええええええええええ!?
私は突然の出来事に数瞬の硬直の後、泣くことすらも忘れて大パニックです。なんだこれ。なんだこれ。苦節二十一年目に入った私の人生ですが、このようなドキドキイベントは未だかつてありません! ラファ、いつの間にこんなアグレッシブな子に!
でも、どうしてでしょう? どうして、もう行っちゃうのに、行っちゃうくせに、こんなことをするんでしょうか。
するとラファは、なにやら決意を秘めた様子で私を見て、
「シャル、聞いてくれ」
「…はい?」
「行く前に、言っておきたいことがある」
「…なんでしょう」
沈黙。
「俺は…お前が好きだ」
なんですと。
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