語り尽くされることのないもの。(前)

まだ結婚してない頃。


***


「あ、来た来た! こっちよこっち!」

「おー遅かったな」

「こんばんは! いや、楽隊を抜けるに抜けられなくて、ちょっと遅くなっちゃいました!」

「今やもう大人気の酒場の楽隊だものね」

「やだなあミュリーちゃん、おだてたって何も出ないですよ! 出たとしても私の特製手料理程度――」

「それは要らないわ」

「ミュリーちゃん…」

「おいラファ、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

「…何でもない」

「ああもしや…ラファさんもついに毒牙に…」

「毒牙って何ですか!? 自分で味見てもよく分からないから、ラファに今度は料理の練習に付き合ってもらってるだけなのに」

「なあ、今自分が味覚音痴だって地味に認めたよな」

「そうね。やっぱり自覚はあるみたいね」

「な、何のことだか分かりません! ねえラファ!」

「…」

「フォローして! ここは恋人らしくフォローしてください!」

「それは無理ってもんよ、シャルちゃん。むしろ、あなたの料理を食べて無言で堪えているだけで奇跡的だわ」

「そんなになのか…」

「そんなによ。ラファさん、本当に大丈夫なの?」

「…月一回までで手を打ってる」

「あれを月一回…腕利きの傭兵は違うわね」

「何だか俺も興味あんな。ほら、怖いもの見たさってやつ」

「三日は味覚を失うわよ」

「…そりゃあきついな」

「皆さん、ひどいです…」

「まあとにかく、二ヶ月ぶりの勢ぞろいを祝しましょうか?」

「…そうですね」

「おう」

「ああ」

「「「「乾杯」」」」

「プハーッ…って酒じゃねえのかよ」

「お酒は置いて無いからね」

「マジか。買ってくっか。ここ持ち込みOKだったよな?」

「ええ」

「後で付き合えよ、ラファ」

「ああ」

「お酒飲んでも騒いじゃダメですよ」

「ガキじゃあるめえし」

「…そうだったか?」

「てめっ」

「はいはい。それにしても今回の仕事はちょっと長かったわね」

「寂しかったです」

「…」

「こいつ照れてらあ」

「それはあなたでしょ」

「んなことねえよ!」

「ウォンさん声大きいですよ!」

「あなたもよ」

「私のことは棚上げガールと呼んでください!」

「最悪ね」

「最悪だな」

「…」

「その視線が一番痛いです…」

「ところで、今は二人とも別に仕事してるんでしょ?」

「ああ」

「どうですか? やっぱり勝手が違いますか?」

「あーそうだな、でも慣れりゃ別に…っと」

「来た来た」

「どんどん食べましょう。お腹がすきました!」

「それもそうね」

「…」

「…」

「…」

「…」

「料理、うめえな」

「賄いも美味しいわよ。名前は微妙なのにね、この食堂」

「ミュリーちゃん、シーッ! シーッ!」

「でも、さすが繁盛してるだけあんな。マジでうめえ。仕事で疲れた分余計にな」

「大丈夫?」

「まあな」

「ラファは?」

「…しみる」

「大丈夫かよ」

「どうにかな…」

「私だって、いつかはこのくらい作って見せますよ」

「夢って、叶わないから夢って言うのかもしれないわね…」

「なんですと!」

「まあまあ。お前らもちゃんと食えよ」

「食べてるわよ」

「ウォンさんは食べすぎですよ。太りますよ?」

「ぐっ」

「そういえば、最近動きが鈍くなったんじゃないか」

「んなわけねえだろ! …多分」

「どうだかねー」

「なっ、ちょ、おま…!」

「はいはい…ん? シャルちゃん、店長さんが呼んでるみたいよ?」

「あれ、どうしたんでしょう。ちょっと行ってきますね」

「行ってらっしゃーい」

「おお、あれが店長なのか…似合わねえな」

「本人に言ったら殺されるわよ」

「マジかよ」

「ああ」

「お前知ってんのか?」

「…以前、口を滑らせた客が折檻されているのを見た」

「折檻…」

「逆らわないほうが良いわよ」

「…忠告ありがとよ」

「ミュリーちゃん!」

「どうしたの?」

「店長さんに、ついでだからここで演奏しろって言われちゃいました! どうしましょう!」

「何のついでかは分からないけど、別に良いじゃないの」

「こ、こんな大勢の前で、一人で演奏するんですか!? 私、一人ではお客さんの前で演奏したこと無いんです!」

「そうなのか」

「大丈夫じゃねえのか? ラファの前ではいっつもやってんだろ?」

「それとこれとは別なんです!」

「そんなに違うのかしら」

「違いますよぅうぅぅ」

「分かった、分かった、私が一緒に行ってあげるから。手拍子くらいしかできないけどね」

「本当ですか? お、お願いします!」

「りょーかい。じゃ、行ってくるわ」

「おう」

「ああ」


***


「そういや俺、シャルちゃんの演奏ちゃんと聴くの初めてだな」

「そうだったか」

「…いっつもお前が独り占めしてんだろうが。酒場にも来んなって言うし」

「そうか」

「何だよその顔」

「何でもない」

「おーおー、独占欲ってか? 一丁前に」

「…羨ましいか?」

「へっ、別に何ともねえよ」

「お前はお前で好きにやっているんだろう」

「…何のことだよ」

「とぼけるな」

「…」

「ずっと二人きりで会ってることくらい、知ってる」

「なっ、俺とミュリーは別にそういうんじゃっ!」

「ミュリーとは言っていないが」

「ぐっ」

「…まあ、別に良いと思うぞ」

「…は?」

「俺は気にしないし、構わない」

「…」

「それにとやかく言うつもりも無い。ただ…」

「…何だよ」

「お前には随分世話になった。だから、後押しくらいはする」

「ラファ、お前…」

「…いや、今のは忘れろ」

「…忘れられっかよ、バカ」

「…まあ良い」

「…なあ、お前、大人になったよなあ」

「何?」

「いや、前のお前なら、今みてえなこと、絶対言わなかっただろうな…ってな」

「それは…シャルのお陰だろうな。毎日が違う」

「そうか…良かったな」

「ああ」

「…大事にしてやれよ」

「お前もな」

「ったりめえだろ」

「認めるのか?」

「事実だしな。それに隠してて誰かにさらわれたら洒落になんねえ」

「…お前も変わったな」

「あ?」

「お前はもっと、こう、奔放だと思っていたが…」

「…まあ、そうだったかもな」

「大事なものが出来ると変わるのは、誰でも同じと言うことか」

「言うようになったじゃねえか」

「否定はしないだろう?」

「まあな…そういや」

「何だ?」

「お前、最近良く喋るよな」

「…そうか? そうかもな」

「これもシャルちゃん効果か」

「だが…」

「どうした?」

「お前は古い付き合いだから良いが、シャルとは…」

「どう話せば良いか分からねえってか」

「ああ。伝えたいことは沢山あるんだが」

「…別に無理しなくていいんじゃねえか?」

「無理?」

「今のままのお前でも、シャルちゃんは良いってんだろ」

「…そう言われてる」

「ケッ。だったら、そんな焦って変わらなくても良いだろが」

「そういうものか」

「今のままが良いとは俺も思わねえが、無理は禁物ってこった。折れても知らねぇぞ」

「…」

「シャルちゃんああ見えてお前のこと、ちゃんと見てるだろうからな」

「…確かに」

「シャルちゃんのこと、信頼してんだろ」

「もちろんだ」

「なら、良いじゃねえか。気長にいけよ」

「…善処する」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…なあ」

「…何だ?」

「良い演奏だったな」

「…ああ」

「お前が惚れるのも分かる」

「…」

「睨むなよ」

「睨んでない」

「別に取ったりしねえよ。ミュリーの方が良い女だしな」

「…」

「どうしたよ」

「…そうは思わん」

「ん? あー、なるほどねえ。いやはや…」

「何だ」

「なんつーかなあ…要は、今の俺には、あいつだけなんだ」

「…?」

「つまり、マジで他の女は目に入んなくなっちまったんだよ」

「…そうか」

「お前だってそうだろ?」

「…そうなんだろうか」

「そうだろ。俺もお前も、これが惚れた弱みって奴だろうさ」

「そうか…そうなのか…」

「おいおい、感動するところか?」

「…うるさい」

「へいへい。ま、お前もようやく一人前の男になったか」

「うるさい」

「褒めてんだよ。これからはお前がシャルちゃんを引っ張ってくってことだかんな」

「…分かってる」

「つー訳で、お互い、頑張ろうや」

「…ああ」

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