冴えない女神の介錯(ころ)しかた

@mayamayamaaya

天才、紅坂朱音

 紅坂朱音に対するインタビュー。本音を言わせてもらえば、あまり乗り気ではなかった。彼女の作品は確かに素晴らしい。

 けれど、聞こえてくる噂が酷い。作品を契約でがんじがらめで縛り、自らの意に沿わないメディアミックスは認めない。狭量だ。あるいは、その気持ちは、天才という、多くの者が到達しえない場所に辿りついた人間への嫉妬だったのかもしれない。

 このインタビューを経て、私の紅坂朱音への印象はほんの少しだけ変化した。

 簡単に言えば、呆れたのだ。紅坂朱音という存在は到底理解できるものでない。だが、彼女の行動原理は理解できる。筆者は紅坂朱音が紅坂朱音である理由を、垣間見た気がしたのだ。


         ―――――――――――――――――――――


――フィールズ・クロニクルの第一弾PVが公開されましたね。あの演出はネットでも話題になっていますが、やはり紅坂さんの発案なのでしょうか?


紅坂朱音(以下、紅坂)「そりゃもちろん。やっぱり才能っていうのは素晴らしいね。大ッ嫌いな連中をぶん殴れる」


――紅坂さんは無名のクリエイターに名前を貸し出す場合がありますが、今回のフィールズ・クロニクルもそのような形式であると考えてよろしいでしょうか?


紅坂「勘違いされがちだけど、無名のクリエイターなんかに紅坂朱音の名前は貸してやれないよ。たとえ、百兆円積まれたとしてもね。私が名前を貸すのは、才能に溢れた人間だけ」


――百兆円でも、ですか?


紅坂「当たり前でしょ? 百兆円をちらつかせて、ユーザーの求めていた素晴らしい作品ができるとでも? 必要なのはせいぜい数十億か数百億。それだけあれば天才的な才能を持つクリエイターに血反吐を吐かせることができる」


――血反吐を吐かせるとは、心中穏やかじゃないですね。体調なんかは考えたりしないんでしょうか?


紅坂「あのねえ、ああ、まあ言っちゃっていいか。今回のフィールズ・クロニクル、キャラクターデザインのコをメインに据えた企画で、シナリオのコはその補佐みたいな役割。私は、その二人に会って命を捧げろって言ったの」


――初対面ですか?


紅坂「もちろん」


――そんなことを言えるのは紅坂さんだけですよ。PVで公開された発売予定日も僅か一年後と、ネットでは早くも完成度を不安視する声が上がっていますが……?


紅坂「そこのところ勘違いしてるみたいだけど、製作期間の長さとクオリティは必ずしも比例関係にはない。シナリオのコだって、色々文句は言ってるけど、二日で一冊ラノベを書き上げるくらいの実力はあるわよ」


――二日で一冊ですか。それはそれで、完成度に不安が出ますが……


紅坂「それはあくまで極端な例。でも、ゲーム一本作るのに数年なんて月日は必要ない。資本をきちんと投入すれば一年で十分」


――それは、これまでのフィールズ・クロニクル制作陣へのアンチテーゼなのでしょうか?(*編注:紅坂朱音のフィールズ・クロニクル制作陣就任の際に数名の社員がマルスを退社している)


紅坂「そりゃそうよ。あんただって最近……って言っても前作が出たのは何年前だっけ? まあ、とにかくフィールズ・クロニクルの内容に不満はなかった?」


――まあ、私はそこまでの不満は……


紅坂「私はね、不満しかない。世界観は似たようなもんばかりだし、シナリオにも驚きは少ない。私が入る前のマルスには、私の愛したフィールズ・クロニクルには存在しなくなっていた」


――だから、追い出したと?


紅坂「追い出しちゃいない。外したら勝手に辞めただけ。でも、私は正しいことをしたと思ってるよ? 私がケツを叩いてやったら、才能のある人間がやる気を出した。こんなに嬉しいことはない」


――嬉しい、ですか?


紅坂「そりゃ嬉しいよ? だって、才能ある人間が面白いものを作ってくれるんでしょ? 私はマルス退社組が作るフィールズ・クロニクルみたいなゲーム楽しみにしてるよ?」


――ええ、それでは今回のフィールズ・クロニクルはどのようなものになるのでしょうか。PVではプレイアブルキャラクター四十人以上、複雑に絡みあう重厚なシナリオなど、どちらかと言えばシナリオ重視のようにも思えます(*編注:フィールズ・クロニクルはシナリオ重視の奇数、システム重視の偶数というナンバリング法則がネットでは主流となっている)


紅坂「私、そのシナリオの奇数、システムの偶数とかいう物言い嫌いのよ。なんでどっちかしか選べないわけ? どっちも力を入れれば最高のゲームになるじゃない」


――つまり、今回のフィールズ・クロニクルはシナリオ、システム両方を重視したものになると?


紅坂「そりゃもちろん。たまたま、マーケティングの関係とやらでシナリオとキャラクターを推すことになったけど、両方力入れるわよ」


――なるほど、実に紅坂さんらしい。


紅坂「私はね、フォールズ・クロニクルを生まれ変わらせるの。今回引っ張りこんだ、あのコたちと一緒に。今頃血反吐吐いててくれるわよ? あのPV、ネットでも公開されてるらしいけど、作業時間とか実質三日らしいからね」


――三日ですか? 正直、あのクオリティのものが三日で出来上がっていると信じられません。


紅坂「だから、力はあるコなのよ。もう少し頑張ってくれれば文句はないけどね。GW中にも四十人分のキャラデザやってたらしいし」


――そう仰られると紅坂さんが特に何もしていないように思われますが……


紅坂「こっちだって仕事があるから仕方ないし、ちゃんと監修はしてる。まあ、私の仕事が血反吐を吐くことではないってのは確か。私の仕事はあのコたちに血反吐を吐かせること、そのために分厚い企画書を書いて引っ張ってきたんだから」


――紅朱企画の企画ですか。ぜひ拝見したいものです。


紅坂「見たいなら見る? 流石に流出とかしないでしょ?」


――いいんでしょうか?


紅坂「いいよ別に、減るもんじゃない」


――インタビューに戻らせてもらいます。


              ――――中略――――


 結論から言えば、こうして記事にした段階では紅坂朱音の凄さはイマイチ伝えきれた気がしない。というのも、紅坂朱音の本性はここでは書けないようなものだからだ。インタビューを終了したあとも、筆者は紅坂朱音の愚痴に付き合った。出るわ出るわ、クリエイターに対する罵詈雑言が。

 おそらく紅坂朱音は仕事をしないクリエイターを心の底から憎んでいるのだろう。そして、それは才能があればあるほど、より強く。

 筆者はそれを確信した。紅坂朱音の作るフィールズ・クロニクルは傑作となるだろう。過去最高傑作と言っても過言ではないだろう。インタビューにも掲載されるであろう、言葉がありありと想像できた。

 ありえない仮定の話だが、もし、筆者が才能に恵まれ、このフィールズ・クロニクルに命を捧げろと言われたのなら、喜んで捧げるだろう。それほど、あの企画書に心を惹きつけられたのだ。

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