深い青空の見上げかた③
「special α新刊情報」
4月2日に開催されるspecial αに『rouge en rouge』として参加させていただきます。スペースは東あ23aにてお待ちしております。
新刊は『リトルラブラプソディ』二次創作本と『紅坂朱音新作マンガ第一話』となります。お値段は新刊二冊とも500円で頒布します。新作マンガにつきましては現状、商業誌に掲載されることはございません。このような同人誌即売会で適宜新しいお話を提供するつもりです。どちらも十分な数を用意していますが、新刊においては二限とさせていただきます。こうして新しい物語を紡いだのも皆様とより深く楽しみたいと思ったからです。当日、皆様とお会いできることを楽しみにしています。
――――――――――――――――
「本日、隣のサークルとなりました『rouge en rouge』代表の紅坂朱音です。この度はよろしくお願いします」
東京某所のイベント会場、朱音は半ば義務的にサークルの案内めぐりをしていた。ぼっち参戦のため、なかなか手間取ってしまったが早めの入場が功を奏しなんとか会場までに準備を終わらせられた。
「(それに、今日はどことなく落ち着いている)」
なんというか、朱音はそれなりに吹っ切れてしまった。クソアニメになろうとも、関係ない。原作がしっかりしていれば、紅坂朱音がしっかりしていれば、それでいいのだと、そういうふうに考えられたからだ。
たくさんのダンボールを前にして、自分一人。心細さがないわけではないが、それでも自分の子供が汚されることに比べればどうということはなかった。
『ただいまより、special αを開催いたします』
アナウンスが流れ、入口から人ごみが雪崩込んでくる。
先頭集団の何人かが明らかにこちらをロックオンしていて、朱音は嬉しくなる。並んで、自分を選んでくれたのだ。
そして同時に、不安に駆られる。
あのクソアニメを見て、悲しんだりしないのだろうか。失望したりはしないのだろうか、と。
「すいません! 新刊二部ずつください!」
「はい、ありがとうございます。二千円になります」
「ありがとうございます! 紅坂先生の新作って聞いて普段はゆっくり来てたスペアルでも始発参戦するしかないって思ったんですよ! やっぱり、紅坂先生の作品ってハラハラドキドキ、何が飛び出してくるかわからない独特な世界観が凄いから、今回の新作もすっごく、ものすっごぉぉっく楽しみにしてます! あと、今回『五反田の枢機卿』関係の新刊がなかったのはやっぱりアニメが忙しいからなんですか? あっ、そうだ、アニメといえばもうすぐ放送ですよね! 『五反田の枢機卿』のキャラクターたちが喋って動くってだけで物凄くテンションが上がってしまって……絶対にリアルタイムで視聴します! 紅坂先生ならすっごいアニメになるって楽しみにしています! 忙しいでしょうけど、同人でも見れて幸せです! 頑張ってください!」
「……はい」
一番最初にやってきたのは、以前日本酒をプレゼントしてくれた熱心なファンだった。その無駄に熱い語り口を嬉しく思う一方で、この笑顔を曇らせてしまう……そんな罪悪感に微かに胸が痛み、朱音は愛想笑いを返した。
それからもアニメ化おめでとうございます。アニメ楽しみにしています。という声をたくさん聞いた。改めて期待されていることを実感して、体の震えを抑えつけるのを、やめてしまいたくなる。
我慢せず、あれはクソアニメになりますと、叫んでしまいたくなる。
言い訳にしかならない言葉をぐっと飲み込んで、朱音は機械のように受け答えと金銭と同人誌のやり取りに終始した。
消えてしまいたい、朱音はそんなふうに思いながら、終了のアナウンスを聴き終えた。
撤収は素早く済ませた。
純粋さの坩堝である、イベント会場で負の感情を抱えている自分はお呼ばれしていない気がしたからだ。
ふっと、空を見上げるとどんよりと曇った灰色が朱音を見下ろしていた。
「さあ、帰って原稿だ」
朱音のペースは上がっていた。きっと今なら『五反田の枢機卿』が週刊連載したとしても対応できるだろう。それほどアイデアが湧き上がり、形にするという衝動を抑えきれない。
「お久しぶりね、朱音」
「あ?」
半ばスケバンのように朱音は振り返る。原稿するテンションに水を差された気分だ。けれど……
「ああ、千歳か」
そこにいたのは朱音の数少ない友人、同じ早応大学文学部、同じ早応大学漫画研究部、不死川書店のアルバイト社員、竹下千歳であった。
「新刊読んだわ。感想としては『流石朱音』というのと、『これを朱音が?』というものね。理由はどっちから聞きたい?」
「どっちでもいい。帰ってマンガを描きたい」
「ほら、そういうところ」
「あ?」
「朱音は確かに人と関わることがあんまり好きじゃない」
「何? 説教ならやめてくれる?」
説教は聞きたくない。どうしてもあの場所の、最悪の記憶を、思い出してしまう。
「朱音は自分の作品を語ってくれる読者を、見放したりはしない。どれだけうっとしくても、どれだけ忙しくても、そこだけは大事にしていた。違う?」
「……違わない」
確かに、そうだった。
何より、自分がそうだった。
好きなものを、好きだと叫ぶ。それを受け入れられる。
何にも代え難い、喜びだ。
「話を戻すけど、朱音の新作、面白かったわ」
「ありがとう」
「けど、朱音がこういうことをするのは心底意外だった。朱音ってバカだと思ってから」
「……舐めてんの?」
「何? 創作者相手にバカは褒め言葉でしょ? でなきゃ、自分を晒し出すなんて愚行、できるはずもない」
「それで、もう一つの『これを朱音が?』は?」
千歳の指摘がまさしくそのとおりで反論もできず、仕方なく朱音は続きを促す。
「こういうリスクマネジメントを朱音がするとは思わなかった」
「…………」
朱音は沈黙を返す。
まさしく、千歳の指摘どおりだったから。
アニメに引っ張れれても『五反田の枢機卿』は沈まないし、沈ませない。それでもいざというときに備えて、朱音は予防線を張った。完全新作という、予防線を。
誰にも口出しされない、同人誌という形で。
「まあ、言いたかったのはそれだけだから。こっちも用事が一通り片付いて、なんとか顔だけ出せたから、会っておこうってね」
「千歳は……」
「はい?」
「いや、なんでもない」
朱音はそれを言葉にしようとして、ぐっと飲み込んだ。
あんまり考えたくないことだったから、言葉にしては取り返しがつかないことになりそうで、やめた。
「そう。じゃあ、またいずれ」
千歳と別れると、朱音は家路につく。早く原稿をしよう、ただそれだけを考えた。
お金とか、そういうものはいらなくて、ただ、自分の好きなものを、好きな形で表現したい、そんな気持ちが見せた、微かな幻想。
ぽつぽつと降り出した雨を気にも止めず、朱音はただ歩き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます