楽しい話の広めかた①

「COMICα新刊情報」

 2月20日に開催されるCOMICαに『rouge en rouge』として参加させていただきます。スペースは東あ03bにてお待ちしております。

 新刊は『あの時に戻りたい』二次創作本と『五反田の枢機卿』没シーン集&ラフ画本となります。お値段は新刊二冊とも500円で頒布します。十分な数を用意していますが、新刊においては二限とさせていただきます。当日、皆様とお会いできることを楽しみにしています。


            ―――――――――――――――


「……緊張してきた」

 朱音はカラカラと音を立てるキャリーケースを引きながら、目の前の建物を見上げた。同人イベントはこれまで幾度となく参加してきたが、今回だけはわけが違う。

 自身初の商業作品である『五反田の枢機卿』がアニメ化決定してから初めてイベントなのだ。既に公式サイトもオープンしており、その影響か同人サークルである『rouge en rouge』のHPに対するアクセスが増えている。当然、新刊の掃け具合も上がる……といけばいいのだが、実際のところは蓋を開けてみなければわからない。

 とりあえずいつもの倍の数を刷ってみたのだが、改めてその数を直視すると、どうしても残ってしまう未来しか見えない。

 いや、でもアニメ化したんだし……という期待ももちろん僅かながらあるのだが。

 一般参加者の待機列も、心なしか例年より長い気が……しないこともない。

 入場口を潜るとサークルやスタッフが大分入っており、てきぱきと準備が進められていた。

「朱音……いきなり呼んでおいて遅れてくるとかどういう神経してるわけ?」

 『rouge en rouge』が配置されたスペースには既に大学の同級生である町田苑子が待ち構えてくれた。

「お苑。ありがとう」

「あーはいそうですか。二日前に売り子頼んだお礼がありがとうの一言ですか」

「? お苑、ありがとう」

「いや、違うの。一回じゃ足りないって言ったわけじゃないの」

「えっと、じゃあ……」

 と、朱音はスペース裏に積み重ねられたダンボールの一番上から出来たてホヤホヤ? の新刊を一部取り出して……

「はい、新刊」

「うん、ありがとうなんだけど、違うそうじゃないの朱音」

「お苑、準備してくれた?」

「これっぽちもございませーん」

「チッ」

「朱音、今舌打ちした? ひょっとして」

「うん」

「うんって……あんたいい度胸してるわ」

 苑子が全く準備してくれなかったことはさておき(これに関しては二日前に売り子を頼んだ朱音が完全に悪い)一応は勝手知ったるイベント、キャリーケースから本立やらポスターやらを取り出して手際よく組み立てていく。

「すいません、今回隣のサークルになりました伊吹恵那です。本日はよろしくお願いします。こちら新刊です」

「あっ、こちら『rouge en rouge』の紅坂朱音です。こちら新刊です。本日は、その、よろしくお願いします」

「そういえば『五反田の枢機卿』アニメ化おめでとうございます。連載当初から追っていた作品なのでとっても楽しみにしてますね」

「そ、そんな伊吹恵那さんほどじゃ……」

「それにしてもこうして会ったのは初めてだけど若いねーこれからも応援するから頑張ってね」

「はっ、はい。ありがとうございます」

 そうして去っていった伊吹恵那凄い人を見送りつつ、朱音は準備を再開する。こうした応対もサークルの仕事である。

「へえ、伊吹恵那ってあんな人だったんだ。会ったの初めて」

「あっ、お苑。シール貼ったから見本誌提出してきて」

「……了解」

 苑子は嫌そうな顔をしていたが、関係なくパシらせる。そもそもの発端はアシスタントの秋島が急用で来れなくなったからで、文句ならそっちに言って欲しい。

 もっとも日頃世話になっている分、朱音は逆らいにくいのだが……。

 こんなところでも彼女の有能さをありがたがり、一通り準備したところで今度は挨拶参り。見知った顔は苑子が帰ってきてからでいいとして、せめて隣のサークルぐらいは済ましておきたいところだ。

「お隣のゆりです。今日はよろしくね?」

 新刊携え、いざ、というところでまた声がかかる。

 黒髪をツインテールに結わえ、何故か和服という出で立ちの女性がサークルの前に立っていた。声もどことなく聞いたことがある……というか、声優の中○麻衣にそっくりというか……。

「『small lily』のゆりさんですか?」

「ええ。ところで紅坂さん、『五反田の枢機卿』アニメ決まったわよねえ?」

 さらっと自分のことを知ってもらっていて内心の昂ぶりを微かに感じつつ、

「ええ……」

 とだけ返す朱音。若干コミュニケーション能力の発達を怠ってきた朱音にとって先ほどもそうだが、凄い先達との会話はとてもじゃないがまともにできない。

 一人でやれて編集と辛うじて話せるくらいのそれでいい小説家なんか、特にラノベ作家とは違い、漫画家はアシスタントなんかとも話さなければいけない。同人をやれば、周りと軋轢なくやり過ごすのにもそれは必要だ。

「アニメ化決まったっていうから買ってみたら物凄く面白くて、一冊書いちゃったのよ~。これ、コピー本だけど、どうぞ。アニメ化、とっても期待してるわ。忙しくなるだろうけど、頑張ってね?」

「……あ、ありがとうございます」

 ゆりは同人界ではかなり有名な人物にも関わらず、何故か商業にうってでることのない不思議な面がある。というか、朱音にとってはそんな凄い人が自分の作品の二次創作を描いたという事実がもはや理解できない。

 あの有名人がなぜ? と完全に理解の範疇を超えているのだ。普通に超のつく名作しか同人で出さないのかと、朱音は思っていた。

「私もね~商業やってればねえ? でも、まさかこんなに早く娘ができるとは思わなかったから同人に収まってるんだけど……」

「…………」

 しかも、どう見ても女子高生、贔屓目に見ても女子大生のその見た目で子持ちらしい。赤ん坊を放っておいてイベントに来るのは、流石にどうなのだろう……いや、作家はいいものが作れれば人格なんてどうでもいいのだ。

「まあ、あの子も小学生になったばかりだしオタ友達もできたし、心配ないのは確かなんだけど」

「…………」

 もう、空いた口が塞がらないどころの話ではない。どう見ても女子高生以下略の見た目で小学生の娘がいるとか、もはや目の前の女性が一体何歳なのか、朱音には判断がつかなかった。

 この見た目で朱音より年上というのも、信じられない。

「あっ、そろそろ戻らなきゃ。それじゃあ、ね。くどいようだけどアニメ楽しみにしているわ」

「え、あ、はい」

 そう言い残して、ゆりは去っていく。黒髪ツインテールと和服という組み合わせは否応なく目立ち、サークル参加者もスタッフも思わずその姿を目で追う。

 同人情勢は複雑怪奇、と言いたくなった朱音だが、肝心の新刊を渡し損ねてちょっとへこんでしまった。

「朱音、見本誌オーケー出たわよ」

「ああ、お苑」

 そして見知った顔に出会い、安堵する朱音コミュ障

「ああ、お苑ってあんた私を一体なんだと思ってるわけ?」

「同じ大学の同じ漫研部員」

「あんたは半ば幽霊でしょうが」

「うん」

「……いえ、もういいわ。それにしても、大分刷ったわね。これ全部捌けるわけ? 流石に在庫お持ち帰りは簡便よ?」

「うん、それはそうなんだけど……」

 朱音は、背後に積まれたダンボールを見る。ひょっとしたら残ってしまうかもしれない、その疑いは朱音の中に確かにあった。

 それでも――

「多分、大丈夫よ」

 これまで傍にいてくれた意外な仲間と、そして、最近仲間になってくれた心強い存在のお陰で、不思議と行けるという確信が生まれつつあったのだった。

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