辛く苦しい部屋の籠りかた

 一言でアニメ化作家のすべきこと……というふうに表せるほどアニメ制作というのは単純化されていない。そもそも、現状多く見られる製作委員会方式では複数の企業が資本を出し合う。しかもそのどの企業が利益を最大化しようとしているわけで、それが綺麗な方向を向いてくれれば文句はないだろう……少なくとも制作陣にとっては。

 原作者の仕事として挙げられる主なものといえば、やはり監修だ。キャラクターのグラフィック設定から内面の設定、舞台設定はおろか、物語自体の監修などなど一応原作を借りている側からすれば、そういう伺い立てをしておかなければいけないわけだ。

 もっともそれも原作者によりけりで、一切アニメ関係のものは見ないという原作者もいれば、一応目だけは通す原作者、目を通し厳しく手直しする原作者、シリーズ構成・脚本を担当して「これ、原作者が書いてなかったら総スカン喰らうだろ」レベルの改変をする原作者もいたりする。

 そして、『五反田の枢機卿』の原作者である紅坂朱音は、どちらかといえば四番目だったりする。アニメスタッフ自体は既に決定しており、朱音がそこに割り込むことはない。だからこそ、原作ではまだ出ていない場面にかかる伏線、キャラクター設定、ビジュアル設定などなどを、アニメスタッフに提出するためにまとめているのであった。


「あーちゃん、終わったぁ~?」

「終わるわけないでしょふざけないでくださいこんなの間に合うわけないじゃないですかおかしいですよ」

 六聖社の社内のとある一室で、ひたすらに朱音はタイピングを続けていた。

 朱音は漫画家だ。絵を描くこと、話を考えることが仕事であり、少なくともパソコンに向かってタイピングするような仕事ではない。そう、設定の書き出しという文字化した方が遥かに伝わりやすい作業を除いては。

「だいじょーぶ。ちゃんとスケジュール管理もしているから。来月の原稿はきちんと間に合うわ。今日中にそれを仕上げれば」

「だからそれはきちんと管理してるとはいいませんふざけないでください」

「え~でも、あーちゃん仕事早いからぁ、間に合うと思うんだけど……どれどれ、あれ、このキャラこんな設定だったの?」

「……それ、編集としてはどうなんですか?」

「え、いえいえ、こんな設定出てきたシーンなんてないわよ」

「ああ、これ六話後に出すんでした」

「……そこまで考えてるとは頼もしい限りだわあーちゃん」

 六聖社は月刊誌なので、朱音の語る設定が世の中に出るのは半年+α後だ。そこまで考えられておきがなら、こうして締切に追われているのは……

「やっぱりアシスタント追加欲しいです」

「あーちゃん喧嘩しないできちんとやれる? 秋島さん相手みたいにやれる?」

「……とりあえず秋島さんと頑張ることにします」

 六聖社が朱音についていけるアシスタントを紹介できないからであり、それは技術的な問題でも性格的な問題でもあったりする。

「だったら、頑張って頂戴」

「あははははは絶対やめてやる。アニメ大ヒットさせて半年位休んでやる~新作描きまくってやる~」

「紅坂朱音完全新作けって~い! いけるいけるわよ!」

「別にここで描くとは言ってません!」

「あ、あーちゃん手が止まってる」

「わかってますわよこんちくしょーわよ!」

 完全に消え失せている設定であった『お嬢様属性』を引っ張り出してきて、朱音は叫ぶ。缶詰という最終手段に頼っているのも、基本的に時間がないからだ。

 最低限以下の生活と引換に他に心移りするものを一切排除し、作業だけに集中する空間……それが缶詰。

 流石に女性作家にそれを強制するのは酷というものであろうが、そこは仮にも百万部売り上げた作家である紅坂朱音。髪がぼさぼさだとか、服装がやばいとか、とにかく女性としての尊厳がやばいとか、そんなことを一切気にせず作業を続けている。

「あーちゃん、顔出しすればもっと売れると思うんだけどなあ……今だってきちんとお風呂に入って服装をコーデすれば見違えるのに」

「そういう現状になっているのはそちらのせいなんですけど。投げ捨てていいならいつだって投げ出しますよ」

「じゃあ、一旦買い出しに行ってくるから、くれぐれも脱線しないでね?」

「大丈夫ですよ」

「くれぐれも脱線しないでね?」

 二度の警告を経て、萩原は部屋を出る。もちろん、最後まで朱音に目を光らせながら。これは朱音に対して信頼がないというより……いや、ある意味では確かに朱音は信頼を置かれていない。というのも……

「あっ、思いついた」

 と、これまで描いていたキャラクター設定を一度保存してから、すぐに別のファイルを開いて……

「そうだ、ここで伏線を引いておいて、後々回収。このキャラクターは死亡していると見せかけて、復活。主人公のライバルとして立ちはだかる。うん、守られるキャラが強くなって敵対っていうのはやはり王道。ヒロインが攫われてパーティは空中分解寸前、バラバラのまま進み崩壊。しかし、一つも共通目標を成し遂げるため全員がバラバラな行動を取り、結果的それがパーティ全体やヒロインを救済する……っ! そのためにもヒロインがうまく回るように立ち回っている伏線を追加! あーここが書き直しになっちゃうけど、ギリギリ行けるでしょ。うん、なんとかなる。大丈夫大丈夫、私は誰だ。紅坂朱音だ」

「そう、紅坂先生は大層余裕がおありなようで」

 そもそも、圧倒的な筆の速さを誇る朱音がこれまでアシスタント不足とはいえ、毎回締切と戦っているのか……それは朱音の抱える悪癖、作画作業中にまた新しい話が浮かんでしまい、大幅な作業変更が余儀なくされるからだったりする。

 これが、例えば大手だったりすると、大量のアシスタントを使ったり、あるいは作画と原作を分けたりなどと対応もできるのだが、弱小六聖社ではそんなことができるはずもなく、悪癖によって締切をどんどん食いつぶしてしまうのであった。

「言ったわよね? 余所事はしないって」

「余所事じゃないって。一年後くらいには使用される話の流れだから」

「うちとしては~一年後と言わずに一ヶ月先もない仕事に全力投球してほしいといいますかなんといいますか」

「でも、面白いですよ?」

「ええ、でしょうね! あーちゃんがそうなったときは絶対面白いものがあがってくるっていうのは経験則で知ってますから! それで、あーちゃんあと何キャラ分?」

「……六?」

「六聖社だけにね……って?」

「つまんないです」

「わかってるわよ!」

「まあ、あれですよ。大抵のことはなんとかなりそうですよ」

 もはやスケジュールは押しに押して、予断のない状況で、それでも、紅坂朱音は不敵に笑ってみせる。

「今から最近頑張ってるせいかそろそろレベルアップしそうなんですよ」

「信じていいのね……?」

「今まで私が嘘をついたことありましたっけ?」

「……はあ。あーちゃんがそう言ったときは大抵なんとかなるから、信じさせてもらうわよ?」

「さて、それじゃあ三徹くらいはいきましょうか」


          ――――――――――――――――


「はぁ~~終わった終わったぁ~」

「……全然大丈夫じゃないじゃない! 結局今日中に終わらなくて徹夜してるじゃない!」

「あの萩原さん、大丈夫よ。ここから二徹して仕上げるから。期待してて」

「正気じゃないわね~その熱量」

「まあ、私にとっては創作を辞めてしまったら、きっと死にますよ。墜落して地面に叩きつけられて。だから、描かない漫画家とか死ねばいいと思います」

「……後生だから、具体的に心当たりのある作家とかは出さないでね?」

「そうですね。出ないゲームといえば、太陽○子」

「それ業界じゃタブーらしいから絶対に口に出しちゃダメよ?」

「あ~○戸にタカ○ロにるー○仕事しやがれ~」

「あなたさっきの話聞いてないでしょそうなんでしょ!?」

 そんな叫びを聞きながら、朱音は自宅に戻り、原稿を完成させましたとさ。

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