*鮮烈なる

 エスティエルは沈黙を続けているナシェリオを見やり、すいと立ち上がる。

「そのあとも続いたのでしょう?」

 問いかけに彼女を軽く睨みつけ、宙に視線を投げた。

「人に押しつけて旅立つのだから楽なものだ」

 吐き捨てるように言い放つ。人間の器にどれほどのエネルギーが注がれているのか、エスティエルはややゾクリとした。

「エルフも人も、この世の流れの中で自然に生まれた存在……。それは必然であり偶然」

 故に、あなたがその器を有したこともまた、偶然であり必然なのでしょう。

「偶然に手にした器はドラゴンには必然なものと成された」

「そんなことはどうでもいい」

 偶然だろうと必然だろうと自分にとっては関係のないことだ、望んでもいないものを押しつけられたに他ならない。こんな力に何の意味がある。

「そうとも言えません」

 ナシェリオは返された言葉にいぶかしげな表情を浮かべる。

「あなたの力は、これから話す事柄の重要性を感じさせるものだから」

 ますます顔をしかめた英雄を一瞥し、エスティエルは何を話すかを慎重に選ぶ。

「初めに異変を感じたのは我が父、アナケス」

 ナシェリオが興味を示した事を確認し、淡々と語り始めた。

「父はこの世界を調べていると言いましたね。彼は主に魔力マナの流れを研究しています」

 各地を巡り、マナの地脈を出来うる限り詳細に調べ歩いております。マナの流れや痕跡を辿ることで、この世界を知ろうというものです。

 マナはこの世界の誕生と共に存在し、あらゆるものに宿りながらその特性を変化させてきた。しかれども、その本質は変わらず常に普遍だ。

 この世界に住む者たちが性質を変化させ使いやすくしてきたに過ぎない。

「小さな異変は徐々に強さを増し、父はそれを辿りました」

 マナは地中に大きな流れを作っている。当然のごとく大気にも充満しており、その流れは天候や環境によって反映されている。

 よって、大気にあるマナの流れは常に変化を繰り返しているはずであるのに一定の流れを取り始めた。

「それは遙か北の大地、土すらも凍りつく大陸に異様とも思えるマナの流れを感じたのです」

「凍える大地ヒュプニクス」

 ぼそりと応えた名にエスティエルは小さく頷く。

 多くの種族や生物は大半の地でその環境に適した生活を営んでいる。されど、北にある大陸だけはあらゆるものを寄せ付ける事のない冷たき世界だ。

「大陸を取り巻く海は激しい潮の流れに守られ、どんな船も渡りきることは敵わない」

 父はもちろん、その地に足を踏み入れることは出来ません。しかし、ヒュプニクスに最も近い大地からならば、ある程度は調べられます。

「エルフはマナの流れに敏感です。特に父はその能力に長けていました」

 父の調べによると、大陸の中心にマナが集まっているようなのです。

 ヒュプニクスにはマナがほとんど流れ込んでいない。そのためなのか大地に精気はなく、寒々とした風景が続いていた。

「本来、あるはずのないマナを大陸に感じ、マナが大陸に向かって集まっていました」

 ナシェリオは眉を寄せる。それは自然の流れではなく、何かの意思により集められているらしいとのことだった。

「わたしはその中心に何があるのか調べました」

 魂の一部を体から抜き出し、大陸に向けて飛びました。ヒュプニクスの頭上は常に気流が荒れ狂い、分厚い雲が重く敷き詰められ稲妻が轟いています。

「そこでわたしが目にしたものは、とても、とても黒い意思──」

 その姿までははっきり窺い知ることは敵わなかったけれど、怒りや憎しみに満ちた存在でした。その影が持つ力は何者をも退けるほどに強力です。近づこうとしましたが負の霊気オーラに弾き飛ばされました。

 よほどの恐怖だったのだろうか、エスティエルは血の気が引いたように青白い顔になった。

「おそらく、あなたでなければ近寄ることもままならないでしょう」

 揺るぎのない眼差しで発したエスティエルを無言で見上げた。

「そんなことを告げるのに、どうして私を見定める必要がある」

 その問いかけにエスティエルはふと表情を緩める。

「あなたは己が不幸だと思ったことは?」

「あると思うか。不幸なのはラーファンを喪った彼の両親と命を落としたラーファン自身だ」

 私は犯した罪の報いを受けているに過ぎない。

「でも、もう一人はそうは思えなかったようよ」

「もう一人?」

 含みのある物言いに若干の苛つきを見せながらも、慎重になっている彼女の返答を待った。

「あなたが償いを続けている間にその者は黒き力を身につけた」

「私に関係している人物なのか」

「あなたがよく知る人よ。償いを続けてきたのもその人のためでしょう?」

「馬鹿な!」

 目を見開いて立ち上がる。エスティエルが発した言葉をにわかには信じられず、ナシェリオは当惑して体を震わせた。

「そんなことが──」

 あってたまるものか。彼であるはずがない。

「わたしも確証がなければそんなことは言わない」

 しかし、あなたを知り、疑いは確実なものとなりました。

「わたしの言葉だけでは信じられないでしょう」

「お前が見定めていたものはなんだ」

「あなたの心、あなたの意思」

 ただ伝えただけでは、この世界を揺るがせる存在を一つ増やすだけ。もし、本当に彼ならば、あなたは我々の敵となるかもしれない。

「けれど、もうよいのです」

 どんなに見定めようと、あの力に対抗出来るのはあなたの他にはいない。全てはあなたが決断することです。

 一体、何が起こっているのかナシェリオには見当も付かず視線を泳がせて寸刻、戸惑いを見せた。確かめるにしても自分の考えだけでは決めかねることもあるかもしれない。

 しかし、長らく一人で旅をしていたナシェリオには誰かを連れ歩くことに躊躇いがあった。ましてやエスティエルの言うように、誰をも拒む凍える大地ならば連れてゆくことも出来ない。

「お前の意見が訊きたいときはどうすればいい」

「その指輪に語りかけて。心で」

 わたしはあなたと共にあります。紫の宝石がはめ込まれた指輪を示し、エスティエルはゆっくりと姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る