*倒すもの、倒されるもの

 室内に通されたネルオルセユルは物珍しそうに家の中を見回し、テーブルに置かれている野菜を興味深げに眺めた。

 ナシェリオはそんな男を一瞥すると、棚にある大小いくつかの木箱から一つを取り出し蓋を開いて中身をテーブルに並べる。

「今はこれだけです」

「ほう。こいつは素晴らしい」

 並べられた五つのパイプに低く唸る。木製のそれは、歪曲した細長い筒の先にくぼんだ駒のような形をしたものが付いている。乾燥したパイプ草の葉を適量入れて燃し、その煙を味わうものだ。パイプは人間だけでなく、多くの種族が楽しむ嗜好品である。

パイプ草の葉はよく乾燥させ燃した煙を楽しむものだが、花は一時的な軽い麻痺を与える効果があるため主に軽度の痛みの治療に役立てられる。

「どれも良く出来ている」

 一つ一つを手に取り、じっくりと見やった。窓から差し込む光を照り返すほど磨かれたものや細かな彫り物が施されているもの、鮮やかな色付けに関わらず気品すら漂うもの。

 そのどれもが芸術品と言えるほどの造りだ。

「若いのに良い腕をしている」

「どうも」

 素っ気ない態度に眉をぴくりと動かし、パイプの感触を確かめて一つを選び出す。この中では最も質素でシンプルな造りながらも、異なる色の木が上手くつなぎ合わされていた。伸びた管の曲がり具合が気に入ったらしい。

「ついでに葉を作っている奴を知らないか。切らせてしまった」

 ナシェリオはそれに、やや煩わしそうにしながらも棚にある皮袋を差し出した。袋から微かに漂う薫りに渡り戦士はそれがパイプの葉だと気付く。

「あんたも吸うのか?」

「いいえ。試しに作ったものです」

「へえ」

 男は中身を確認するように袋からそれを少量取り出し、手のひらに乗せた乾燥しきって茶色い葉を覗き込む。よくよく見れば、いつもと違うように思われて怪訝な表情を浮かべた。

「ちょいと試していいかい?」

 選んだパイプを示す。

「どうぞ」

 了解を得るとパイプに葉を詰めて暖炉から小さめの薪を取り火を付けた。口中に流れ込む煙を味わい、ふと眉を寄せる。

「こいつはなんだ? 随分と爽やかな風味がある」

「マレストを少しブレンドしています」

「ほう! なるほど。こいつはいい」

 燃されてくゆる煙を吸い込むと、深みのある味わいの後からほんのりと冷涼感が流れてくる。

「もういいですか」

「ここはいい所だな」

 急かしたはずなのにそれをいともあっさりといなして話を振った。

「辺境だと思って甘く見ていた」

 よそ者はそういう認識なのだろう。辺境には何もなく、殺伐とした風景が続くだけだと大半の者は思っている。

 しかし実際には、果てしなく広がる草原と遠方に見える山脈が見事な風景を作りだしている。巨大な樹木や森が見あたらないというだけで、雑木林は点在していた。

 他の土地よりも殺風景とも言えるが、そんなふとした話が大きく伝わってしまったのかもしれない。

「どうやら俺はあんたに嫌われているらしい」

 先ほどからのナシェリオの態度に口角を吊り上げてパイプをふかす。改めて言われてしまうと緊張を拭えないのかナシェリオは視線を外した。

「ラーファンが、貴方は英雄だと」

「俺が?」

 そんな訳がないと肩をすくめる。

「戦争屋には荷が重い」

 現在では大きないくさは無いものの、民族や種族間の小競り合いは今でも続いている。戦いでは数に勝るものはない。勝利のために兵士は欠かせない戦力だ。

 その中でも、渡り戦士は多くの知識を持つ故に重宝されている。ただ戦う事に特化した傭兵は必要不可欠な戦力ながら、天候など周囲の状況察知や薬草に対する知識には到底、敵いはしない。

 かといって、渡り戦士を多くすればそれはそれで戦力が増す訳でもない。その割合を計るのは難しい。

「ドラゴンを倒したことは?」

「あん? 大きく出たね」

 ネルオルセユルが皮肉を含ませるほど渡り戦士は戦ばかりにかり出される訳ではなく、要人や旅団の護衛のほか獣退治といったことにも雇われる。

「そうだな。竜退治には同行したことはある」

 何年前だったか、東の領主の子息が名を上げるためにドラゴンを退治するので手伝って欲しいとの要請だった。

 領主とは、その一帯を統制するように王都から使わされている一族の事だ。王都が建てられた頃から出来た決まりで、長く領主を務めている一族も少なくはない。

 もちろんのこと、領主たちを監視している訳ではないので好き放題を続けている者もいるのは事実だ。

「俺の他に荷物持ちを含めて十人ほどがいたかな。大変だったんだぜ。何せ、剣の持ち方から教えなきゃならなかったんだからな」

「それはもしや……」

「まあそんなものさ」

 領主の息子は遊びばかりに夢中で領民たちからはあまり好意的には見られていなかった。それでは自身がいよいよとなったとき、息子が跡を継ぐにあたり領民たちから反発が来かねない。大きな手柄を立てれば皆も納得するだろうという浅い考えからだった。

「ドラゴンのいる洞窟までは片道で三日はかかったか」

 そんな数日も息子は絶えられないのか同行している兵士たちに始終、文句を重ねていた。竜退治に集められたその集団は、それぞれに秀でた者たちで組まれていた。

錬金術師アルケミストまでいたくらいだ」

 呆れて肩をすくめる。あらゆる観点から金を造り出す方法を考察する彼らは薬学や哲学、経済学にも通じていた。

 金属という意味でのきんを造り出すには、多くの成分やその効果を知っていなくてはならない。それには莫大な研究費が必要とされ、その資金を得るために彼らは次第に経済にまで手を伸ばすようになり、かねをも生み出す事となった。

 彼らを囲うには安定した研究室を提供してやればいい。

「大した魔法使いソーサラーは見つからなかったようだがな」

 魔法というものは、やはりソーサラーによっても効果の強さが異なる。息子を守るためにも強力なソーサラーを探していたようだが、生憎と見つからなかった。

 たった三日の旅路にも不満を漏らす領主の息子は当然のごとく目的の洞窟に入るのを嫌がった。

 ドラゴンが棲むという洞窟はいかにも暗く、じめじめとした陰気な場所だ。中はゴツゴツとして歩きづらく、どこからともなく聞こえる水滴のしたたり落ちる音がやおら恐怖心を掻き立てる。

 道楽息子はどんなに説得しても入りたがらず、尻でも叩いてやろうかとも考えたが他の者がそれを制止し、やむなく洞窟からドラゴンをおびき出す事となった。

「そこには何が」

「ブラックドラゴンだ」

 紡がれた名にナシェリオは眉を寄せた。魔法は使わないものの、強い酸のブレスを吐き出すドラゴンだ。その液体に触れれば金属さえも腐り、肉はたちまちに溶けてしまう。

 一旦、偵察に入ったネルオルセユルがブラックドラゴンだと告げると、道楽息子はさらに嫌がり一同は呆れて互いに見合った。確かに、あまり闘いたくはない相手ではある。

「アルケミストがいたことは幸運だった」

 ネルオルセユルがドラゴンをおびき出している間に酸を中和する薬を調合し、ソーサラーが攻撃を守るシールドの魔法を全員にまとわせる。

 ドラゴンは本来、夜行性で昼間は暗い場所で眠りについている。ならばと、怒らせて外におびき出す作戦をとった。

 大陽がまだ高い間ならドラゴンも力を発揮出来ないだろうという思惑もあり、計画は実行された。

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