◆四ノ章

*徴表に至りて

 渡り戦士が来た事で、村はいつにも増して活気に満ちていた。自身を売り込むためなのか指南を請うためなのか、村の若い男たちはネルオルセユルの前でつたない剣を振るう。

 理由はそれぞれに異なるにしても、男が強くありたいと思うのは当然のことだ。そんな憧れの存在が目の前にいる。それだけで高揚とするだろう。

 当然のようにラーファンもその中に混ざり、声がかかるのを待ちわびていた。

 そんな若者たちの思惑を意に介さず渡り戦士はのんびりとパイプをふかし、駆け回る子供らを漫然まんぜんと眺めていた。

 煙を味わい、もらった量ではすぐに使い切ってしまうかもしれないと目を細めてあとの事を思慮した。旅立つ前に尋ねてみようかとも考えているくらいには気に入りになっている。

 ラーファンは懸命に剣を振るうも、まるで見てもらえない事に苛立ち足音を立てて男に歩み寄る。目の前に影が出来た事でようやくネルオルセユルは青年と目を合わせた。

「なんだ?」

「あの、俺──」

 パイプをのんびりふかしている男を見下ろし、続けようとした言葉にやや躊躇い目を泳がせる。詰まらせていた喉をごくりと鳴らして意を決した。

「アウトローか騎士になりたい?」

 真剣な面持ちで応えた青年に眉を寄せる。

「はい。俺はあなたのようになりたい」

 そう言われる事に悪い気はしない。しかしながら、浮かれて調子の良い言葉を並べる訳にもいかない事も承知している。

「やめておくんだな。お前の腕では無理だ」

 少しの優しい言葉もなく言い放たれ、気分を害しながらも肩を落とす。

「腕力はありそうだが、それだけじゃあだめだ」

 続いた言葉に目を丸くする。見ていないようでしっかりと見ていたのかと感心した。それでもラーファンは諦めきれない。

「でも、旅に出れば自然とそういうことも学べるのでは──」

「そうだな。ナシェリオくらいの腕ならば問題はないだろう」

 予想もしない名前にラーファンの目は大きく見開かれた。

「あいつの腕を知ってるんですか?」

「ちらっと剣舞を見ただけだ」

 剣舞とは、ただ舞うものではなく鍛錬の集大成だ。舞う者によって、その者の剣の特徴などが鋭さや優雅さといったものに表れる。

「あれほど優美な剣舞は初めてだ。よほど鍛錬しなければあそこまでにはなるまい」

 出来ればもう一度じっくり見たいが、偶然に居合わせたものだから頼んでも見せてはくれないだろう。そう言って残念がる渡り戦士から視線を外す。

 ナシェリオは「下手だから」となかなか剣舞を見せてはくれない。ラーファンには剣舞の善し悪しはわからないものの、ナシェリオの舞う姿は美しいと思っていた。

 ネルオルセユルがこうまで言うのだから、きっと彼の剣舞は素晴らしいのだろう。

「ラーファンとか言ったか。確かに外に出て学ぶ方法もある。ほとんどがそうだ」

 だがな、それを待ってはくれないのもこの世界なんだよ。

「隣にはいつでも死がついて回る」

 それを忘れるな。


 ──その夜、ナシェリオの家のドアが叩かれる。ドアを開き、そこに立っている友人に嫌な予感を覚えた。

「どうしたんだ?」

「ちょっと話さないか」

 ラーファンの声色には、いつもとは違う何かが秘められているように感じられた。ナシェリオは友人を中に促し、椅子に腰掛けて彫刻の続きを行う。

 暫時ざんじ、沈黙が続き暖炉の薪がそれを嫌うように音を立てる。ラーファンはナシェリオの作業をじっと見つめて、おもむろに口を開いた。

「彼が言っていた。お前は強いって」

 それにぴたりと手を止めて視線を合わせず眉を寄せる。余計な事を喋ったのかと憎らしげに奥歯を噛みしめた。

 ラーファンを諦めさせるための口実としたのだろうけれど、彼のプライドを考えればそれは逆効果だ。

「鍛錬だけじゃあ強いとは言えない」

 外に出れば木の人形を相手にする訳じゃない。決して殺さないと解っている相手と剣を交える訳じゃない。

「現に私は、君に敵わない」

「そうだな」

 あまり納得したとは思えない返答にナシェリオは拳を握りしめる。実際はナシェリオが勝とうとしないだけだという事は気付かれていないはずだ。

 ナシェリオの剣は身を守るためのもので力任せで相手をねじ伏せるラーファンの剣とはまるで違う。しかし、向かってくる相手の力を受け流す事が出来るナシェリオの技は勝ちは無いが負けもない。

 ナシェリオの剣はあくまでも自分の身を守るためのものであり、決してこちらから攻撃を仕掛けるものではない。

 もちろんのこと、受けなければ攻撃が出来ない訳じゃない。ただナシェリオがそうしないだけだ。実際のところ、それを基本としたナシェリオの剣は複数を相手にする事も可能だろう。

 しかしラーファンにそんな言葉が通じるはずもなく、勝敗を定めたい彼が競争心のないナシェリオから勝つのは当然ともいえた。

 ラーファンは口にする言葉を選んでいるのか、暖炉の傍にある椅子に腰掛けて宙を見つめていた。

 そんな友人の様子にナシェリオは小刻みに手を震わせた。彼が何を言おうとしているのか、出来るならば何も言わずにこのまま帰ってほしいと考える。

 しかし、

「ドラゴンを倒しに行こう」

 紡がれた言葉にナシェリオは驚いて音を立てるほどに椅子から立ち上がった。

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