*枝葉末節
これ以上、過ちを見過ごす訳にはいかない。知らないと言い続けることは出来ない。ナシェリオは剣を握る手に力を込め、徐々に押さえ込んでゆく。
ラーファンは力の限りにそれから耐えつつ、ナシェリオの持つ剣を凝視した。剣はまるでナシェリオの力に応えるようにほのかな青白い光を放ち、さらなる圧をかけてくる。
「この──っ剣は」
ラーファンはようやく理解した。これはエルフがドラゴンの炎で鍛えたものだ。どのような理由でこの剣が造られたのかは解らないが、ドラゴンの力を持つナシェリオになんとぴたりと呼応しているのか。
それ故に強いつながりが生まれ、互いに引きつけ合っていたのだ。
ラーファンはこれが運命というものなのかと、ナシェリオの巡り合わせに忌々しく歯ぎしりした。
「この世界はことごとく俺が嫌いらしい」
シュロタスタルは古代文字を浮き立たせ、少しも無駄にはするものかと言いたげに高い音を響かせる。
「ラーファン!」
「お前は──また、俺を殺すのか!?」
悲痛な叫びに瞬刻、力が緩まるも直ぐにそれを戻し瞳を険しくした。
「赦せなどとは言わない。これは、私の責だ」
君の意識を変えることが出来なかった。己の想いを押し殺した。それらを成せていたならば、こんな形で再会することはなかっただろう。その本質に気付いていて、見えない振りをしていた。
けれどももう、ここには「もしや」などは存在しない。逃げた現実があるだけだ。
「そうやってまた、お前はいい子ぶる」
今も昔もそんなお前が気に入らなかった。一人だけ悟っているようなお前が嫌いだった。
「なんとでも言え」
全てに目を背けていたのは事実だ。そんな己が不幸だと、どうして思えるものか。これは私が招いたことではないか。
誰もが何かを変えられる力を持っている。それを畏れた私は確かに臆病者だ。
「貴様に何が変えられるというんだ」
「そうだ、変えられなかったかもしれない」
それでも、試してみる価値はあった。君との関係が崩れてしまうことに
「私がもし、死ぬときが来たならば……。そのときまだ、君の罰が果たされていなければ」
君の傍にいよう、君の罰を私も共に受けよう。
「最後まで、お前は憎たらしいやつだ」
認めたくはないが、勝ったお前が正しいのだろう。それでも俺は、やはりこの世界が憎い。お前と旅がしたかった、そんな世界を夢見ていた。
「地獄で待っている」
つぶやいたラーファンに剣が触れると瞬く間に小さな光となって散らばり、なんともあっけないほどにかき消えた。
ナシェリオは、惜しむかのごとくゆっくりと消えゆく光たちを追うように視線を泳がせ、全ては終わったのだと深く息を吐き出し緊張を緩める。
「ああ、待っていてくれ」
青い瞳を瞼に隠し天を仰いでただじっと立ちつくした。
「この世界は救われました」
エスティエルの声が頭に響き目を開く。
「これで良かったのか、私には解らない」
「それは誰にも解りません。少なくとも、わたしたちは滅びずに済みました。大切な友を倒したあなたの心中、察します」
彼が妬みを別のものに換えていたならば、あなたが村人たちを憎んでいたならば、運命は変わっていたのかも知れない。
些細なことから流れは大きく先を変えてゆく。存在の全てが善しも悪しくも、何かを生み出すきっかけを備えている。
「あなたの見ている世界は変わりましたか」
ぽつりと問いかけられたナシェリオは、それに答えることもなく塔から抜け平地を見渡した。遠くには白い山脈が連なり、壮大な景色を創り出している。
凍える大地は気がつけば、潤沢な
空には鳥の姿が見え、凍える大地が大きく変わりつつあることを感じた。
「地中のマナの流れも少し変化したようです」
細い流れだけれど、ヒュプニクスを再び緑の大地にするだけのマナが流れ込むようになっていた。
全てのものには善しも悪しくも何かしらの役割がある──そんな言葉を思い出し、晴れた空を見上げて目を細める。その青さをしばらく噛みしめていると、どこからともなく獣の叫び声が聞こえた。
それに眉を寄せ、眼前にワイバーンを見つける。まさか逃げてはいなかったのかと驚いて駆け寄り、甘えるその首をさすった。
「ソーズワースも待っていますよ」
途絶えることのない贈り物はあなたに敬意を抱いているからこそ、続けられるものなのです。
「そうか」
それにやや目を丸くして応え、再び大地を見回した。肌を刺すような冷たい風はやわらかく命を育むものと代わり、凍えた土が溶けてぬかるみナシェリオの足をわずかに沈める。
「先が楽しみだ」
変わりゆく大地に微笑みワイバーンの背にまたがる。閉ざされていた地は解き放たれ、その名残りを忘れないようにと深く息を吸い込み心に刻みつける。
このさき、この地を巡って争いが起きるかもしれない。そのとき私はどうしているのだろうか、私はどうすべきなのか。
考えていても先のことなど解りはしない。翼竜の背から大地を見下ろし、ソーズワースの待つ地に目を向ける。
ようやく想いが成せる、この目に世界を映すことが出来る。人ではなくなっても心までは変わらない。
解き放たれた心情に自然と顔がほころんだ。しかれど、永きにわたり背負い続けてきた哀しみを一度に拭い去ることは容易ではないだろう。
それでも、季節が冬から春に移りゆくように、英雄はその心を花で満たしてゆくだろう。これからの永きに渡る年月を彼がどう過ごしてゆくのかは、彼自身に委ねられるものだ。
エスティエルはこの世界を見守り続ける英雄の旅が良きものであることを祈り、彼の形の良い指にはめられた
END
英雄の天意~枝葉末節の理~ 河野 る宇 @ruukouno
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