第十一話 阿修羅舞(ダンス・ウィズ・アスラ) 一
震動は次第に身体を震わせるほどの大きさになってゆく。
それに加え、木々の隙間から二体の巨人の姿がちらほら見えるようになってきた。
黒と白の軽装型生体装甲――そこで彩はあることに気がつき、身体を速やかにアイリスのほうに寄せる。
「アイリス、ライナのことをお願いできないかな。彼女は滝のところで一人で待っているはずだから」
「……分かった」
アイリスは少しだけ黒いほうの生態装甲を見つめてから、
彼女の返事が帰ってくるまでに微妙な間があったことから、彩にはアイリスが事態を正確に理解したことが分かった。
(後でちゃんと説明しないといけないな)
そう考えながら、彩はグイネルのほうを向く。すると、グイネルは
「あの黒い機体、どこかで見たことがあるような気がするのだが……」
グイネルがそう呟いたので、彩は小さく息を吐く。どうせすぐに思い出すだろうからと、彩はグイネルに向かって真実を告げた。
「その通りですよ。あの機体の固有名称は『ハヌマーン』ですから」
「な、ん、だと……」
即座にグイネルの顔に驚きの表情が浮かんだ。
「……あんな危険なやつに姫を任せていたというのか!」
「今は危険ではありません」
「どうしてそれが分かる。やつは、やつは姫のお命を狙って――」
「そのことは本人からちゃんと聞きました! その上での判断ですから、私を信じて落ち着きを取り戻してください!」
先程の武装妖精の一件とは違い、まだグイネルに理性的なところが残っていると見てとった彩は、あえて上から被せるような言い方をする。
するとグイネルは彩の想定通り、息を吸い込んで口を閉じると、続いて大きく息を吐く。
「――事情はなんとなく理解した。取り乱してすまない」
素直に謝罪するグイネルは、外見が外見だけにいたずらを見つかって叱られた少年のように見える。彩は僅かに微笑んだ。
こちらのほうがグイネルの本来の姿だろう。むしろ船上で見せた頑なさのほうが彼らしくない。何か事情があるのだろうが、今はそんなことを詮索している場合ではなかった。
なにしろ、事態は天帝の思い通りに進行している――と、彩が先刻まで彼が立っていたところに視線を戻すと、そこには誰もいなかった。
彩はそのことに強い衝撃を受ける。
彼女は女優であるから、場の中で起こることには武芸者並に敏感である。それなのに天帝が消えたことに今の今まで気がつかなかった。
「な、やつはどこに消えた? まさか姫のいるところに――」
グイネルも同じだったようで、慌てた声を上げている。
「それはありません。彼は雄一君に用があると言いましたから」
「どうしてその言葉が信用できるのだ? やつは敵ではないか? それとも地球人同士にしか分からない何かがあるのか?」
「そんなものはありませんが、彼は嘘をついたりはしません」
「それもお前の勘というやつなのか?」
「そうです」
グイネルに対してそう断言しながら、彩は内心、動揺していた。
天帝は彼女の理解できるような男ではない。恐らくは目的のためならば手段は選ばないタイプの危険な男で、平然と嘘がつける類の人間だろう。
しかし、その一方で先程までの彼が決して嘘をつかないことを彩は確信していた。そこに論理はない。ただの直感である。
そんなことを彩が考えていると――
二体の生体装甲が接近してくる方向とは、ジェイムズの家を挟んで逆の方角にある森から鳥が一斉に飛び立つ。
そして、まるで二体の生体装甲の震動を打ち消すかのような震動が、その方角から響いてきた。木々の中から一体の黒い巨人が姿を現す。
それは『神白狼』よりも一回り大きく、『ハヌマーン』よりも小柄で、必要最小限の装甲だけを表面に貼り付けただけのフォルムをしていた。
木々の間を無造作に進んでくるその姿に、彩は鳥肌が立つ。
それはまるで、彼女が指導を受けたことのある人間国宝に指定された能楽師のそれよりも、さらに洗練された動きだった。
ともかく、腰の辺りのすわり方が尋常ではない。
坂の多いアルスメニアの森林地帯を、膝の動きだけで平原のように移動している。頭の位置が微動だにしていない。
これに比べると『ハヌマーン』と『神白狼』は、布地の多い不良の非効率的な動きのように見える。
「こいつが……ボルザ最強の生体装甲『インドラ』か……」
グイネルの唖然とした声を聞いて、彩の胸の内が僅かに痛んだ。
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