第十一話 阿修羅舞(ダンス・ウィズ・アスラ) 三

「これ以上の会話は無意味――参る!」


 呟くようにそう言うと、ジェイムズは躊躇することなく『ハヌマーン』を最大戦速に移行させた。

 地面が激しく震動し、家の中から何かが落ちて割れる音がする。

 しかし、ジェイムズは意に介することなく『ハヌマーン』の両腕を身体の後方に流し、姿勢を低くして突進した。

「まずい!」

 グイネルはそう言って、激しい振動に足を取られそうになりながらも彩の前に出ると、

シェル!」

 と鋭く叫んで、防御結界を起動する。

 途端に緑色の呪文陣が二人の前面に出現し、同時に地面の震動が消えた。

 二人の周囲がぼんやりと明るくなる。振動のエネルギーが光に変換されているのだ。

 直後に、『ハヌマーン』の突撃によって巻き上げられた土塊が、銃弾並みの勢いで呪文陣の表面に当り、力を失って落下してゆく。

 その際、土塊の運動エネルギーが光に変換されて相殺されたが、こちらは金属がぶつかりあう時の火花に似ていた。

 その輝きに照らされながら、

「やつは俺達がここにいることを忘れているのか?」

 とグイネルは憤ったが、彩はそうではないことを確信した。

 ジェイムズは間違いなくその世界のプロフェッショナルだ。

 覚悟を決めたら迷わず実行に移す。

 無駄なことは考えないし、口にすることもない。

 周囲に配慮している余裕もないから、その場に居合わせた者には自力で何とかしてもらうしかない。

 それが本気の勝負というものだ。


「ふん」

 天帝は鼻から息を小さく吐くと、両腕を前にゆっくりと伸ばした。

 その姿を見た彩は、

(あの姿勢には見覚えが――)

 と考えたが、その次の瞬間には『ハヌマーン』が『インドラ』の間合いに入り込む。

『ハヌマーン』の右腕が背中のほうに大きく振り回された後、握られた剣が陽光を反射する軌跡を残しながら『インドラ』の首筋に向かって伸ばされてゆく。

 生体装甲は人体と根本的に構造が異なるので、そこが急所という訳ではないのだが、軽装甲の『インドラ』の最も装甲の薄い部分である。だから、まずはそこを狙ったのだろう。

 首と胴体を切り離しかねない勢いで『ハヌマーン』の剣が『インドラ』に叩きつけられる直前――


『ハヌマーン』の右腕が身体ごとはじき飛ばされた。


 何が起こったのか彩の目では認識できない。

『ハヌマーン』が後方に姿勢を傾け、その直後『インドラ』の左腕が上に振り上げられていることに気がついたから、『ハヌマーン』の剣がそれによってはじき飛ばされたことは十分推測できる。

 しかし、その経過がまったく見えず、『インドラ』の左腕は瞬間移動したかのように、そこに突如として現れたようにしか感じられない。

 体勢を崩した『ハヌマーン』は、身体を傾けながら今度は左足を振り上げる。

 はじかれることを想定していたような滑らかな連続攻撃。

 身体のしなりに右腕をはじかれた勢いまで加算する。

 それも彩の認識可能なぎりぎりの速度であったのに――


『ハヌマーン』は左足をはじき飛ばされて、さすがに大きく姿勢を崩しながら『インドラ』との間合いを開ける。


 いや――開けさせられていた。

 やはり『インドラ』の動きは見えない。右足が軽くあげられていることから、それが『ハヌマーン』を戦闘区域外にはじき飛ばしたことがわかるのみである。

 それで彩は思い出した。

『インドラ』は『ハヌマーン』の攻撃を、『訶梨帝母ハーリティー』が見せた防御技で跳ね返したのだ。

 しかも『インドラ』のそれは『訶梨帝母ハーリティー』のそれが児戯に思えるほどに早い。全く別な次元の技と言ってもよいほどに早い。

「これ以上の攻撃は無意味だと思うんだけど」

 天帝がのんびりとした声でジェイムズに問いかける。

『ハヌマーン』は間合いの外で、上体を地に伏せるように低くしていた。

 練習相手にすらならないほどの力の差。

 しかも、『ハヌマーン』でも彩にはかなりの力の差を感じるのに、それをたやすくいなしている『インドラ』に至っては、どれほどの違いがあるのか推測すらできない。

 しかも、『インドラ』が最大の力を発揮している保証すらないのだ。

「僕の敵は君ではないよ」

 天帝が落ち着いた声でそう言い切る。

「そうかもしれないが、それを認めることは御免被る」

 ジェイムズが押し殺した声で答える。

 それを聞いた天帝は、小さく笑ってから、こう言った。


「僕の手の内を先に白狼に見せようとしているのだろうけど、それは全く無駄だよ」

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生体装甲『神白狼』 第二章 阿修羅舞(ダンス・ウィズ・アスラ) 阿井上夫 @Aiueo

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