早いもので、2026年がスタートし、早くも一か月が過ぎ去ってしまいました。
今年は干支によると丙午なのだそうです。丙午といわれると、ベビーブーム時代に丙午の女性は夫を焼き尽くすと言われ、その年だけ出生率が落ちたという逸話を思い出します。
さて、新年からスタートしました「會津の蒼鷹」はいかがでしょうか。
蘆名家という戦国マニアなら「ああ、会津のね!」とわかるけど、それ以外では読み方すらわからないというドマイナーな大名家が今回の舞台です。
(ちなみに蘆と葦と芦は同じ漢字です。すだれに使われている、あの草の事です)
企画を練っていた時に、さすがにドマイナーすぎて、主人公の置かれた状況が理解できなさそうと考え、1月は丸々蘆名家についての説明に割きました。
それでも、福島県周辺の方以外だと、色々と地理がわからないと思いますので、ここで少し説明したいと思います。
東北地方というのは、昔は越後(新潟県)と常陸(茨城県)の一部という扱いでした。
その後、越後から出羽が切り離され、常陸から陸奥が切り離されました。
その後さらに、出羽は羽前と羽後に、陸奥は北から陸奥、陸中、陸前、岩代、磐城に分割されました。
会津はその中の岩代(いわしろ)に当たります。
現在、岩代は福島県に属しています。
福島県というと、東日本の震災の時に、地域区分を耳にした方も多いと思うのです。
西から順に、会津地区、中通り地区、浜通り地区。
これは福島県が奥羽山脈と阿武隈高地で分断されているため、栄えている三つの平野部を中心としてこういう区割りになっているようです。
このうち、会津、中通りが「岩代」、浜通りが「磐城」
……なんですけど、当時は実は呼び方が違っていたらしいんです。
中通りは「仙道」、浜通りは「海道」と呼ばれていたそうです。
この時代、どこの地域も国衆(土豪、国人)という小軍閥が割拠しています。
会津はお話で出てくる止々斎(盛氏)の頃には蘆名家によって全域の支配が完了しています。
海道も、北に相馬家、南に岩城家と配置はシンプル。
問題は中央の仙道です。
現在の郡山市を中心に南北に広がる阿武隈平野に中小の国衆が跋扈していたんです。
大雑把に書くと以下の感じ。
畠山(二本松)
伊東(前田沢) 大内(小浜)
(富田) 田村(三春)
二階堂(須賀川)石川(三芦)
結城(白河)
この中の二階堂家から蘆名家の養子となったのが平四郎(盛隆)です。
信濃の真田昌幸のように、小国ながら立ち回りによって周囲を引っ掻き回すトリックスターというのはどこにでもいるもので、仙道では三春の田村家がそれになります。
一昔前の信長の野望じゃないので、これらの小領主は、プレーヤーの小手先で大大名にのし上がるというわけにはいきません。
どちらかといえば、どうやったら生き残れるかという方向で全力です。
生き残るための一番手っ取り早い手段は、周辺の大身の家と手を組む事です。
この割拠した国衆たちは、それぞれ別々の家に救いを求めてしまったんです。
そのせいで、ここ仙道は北の伊達、西の蘆名、南東の佐竹という大勢力のパワーゲームの場となってしまっていました。
以上が主人公を取り巻く環境となります。
あまりにマイナーすぎて状況把握だけでも想像が難しいとは思います。
武将の名前が伊達政宗以外誰一人聞いた事が無いという人もいると思います。
その辺りを乗り越えて、物語として楽しんでいただけたら嬉しく思います。