ずっとお家に籠もってるのでエアコンを停める隙が見いだせねぇ! というお悩みを抱えてこの夏を生きているおじさんです。
実際お家で黙々と仕事しているわけですが、昨今は仕事もネットでやりとりな感じで、人とお話しする機会が少ないのです。いえ嘘をつきました。皆無です! だからなのでしょうか? 人情というものに心惹かれてしまうのは……
そんな実情は放り棄てましてですよ。もともと時代小説好きで、人情ものをたくさん読んできましたわたくしですけれども、せっかくなので多ジャンルから集めさせていただこうと思い立ったのです。そうして選ばせていただきましたらば、同じ人情ものを揃えたはずがすばらしくバラエティな内容となりました! みなさまの創意工夫、実にすばらしい。
人と人とがあればこそ、その間に情が通う。四者四様の味わいをじっくりとお楽しみくださいましー。
大阪の下町にある『なにわの豆腐屋一番星』は、レトロな風情と損得抜きの商売で住民から親しまれる名店だ。しかし今、店主の老いを理由に惜しまれつつも70余年の歴史に幕を下ろそうとしていて……店主の孫である由香は決意したのだ。祖母と住民たちが作り上げてきたこのあたたかな場を守るため、豆腐作りを習い、自分がこの店を継ぐ!
本作の肝は「継承」です。主人公の由香さんは、お金だけでは計れない情というものをやりとりする祖母や住人の姿を見てきました。だから彼女はアイドルやスポーツ選手ではなく、祖母へ憧れを抱いたのですよね。
ここがただ売り買いするだけの場ではないからこそ守りたい、人として受け継ぎたい、自分もまた情を育みたい。その思いが由香さんのセリフに熱を点し、読者の胸を打つと同時に示すのです。どんな物語にも終わりの先があって、それを引き継ぐ主人公がいるんだって。
情で繋がれる物語、その終わりの先に思いを馳せていただきたく。
(「なにはなくとも世は情け!」4選/文=高橋剛)
アンバーは宛先のない手紙を引き受け、それを受け取るべき誰かへと届ける魔法使い兼手紙屋だ。彼女は少女型人型自律機械ジィナを供連れ、荒廃した世界に点在する町から町へと渡りゆく。書いた者の思いが詰め込まれた手紙を携え、誰とも知れない受取人を捜して……。
“手紙の魔女”と呼ばれるアンバーさんが町を移動するには宛のない手紙が必要となります。それが彼女の手に渡されたときから掘り下げられて展開するドラマ、まさにドラマチックなのですよ。
宛がないことには意味があります。そして手紙には書き手の思いが込められています。さらに手紙を書くに至る動機があります。書き手には書く前から伝えたいことがあって、その向こうには思いを受け取るべき相手がいて。遠く離れた誰かと誰かの心――断たれていた縁がアンバーさんとジィナさんの旅によって繋がれて結ばれる。その瞬間! この上ない人情劇が一気に形を成すのです。
ゆるさと鋭さのギャップが光る主人公ふたりの姿と掛け合いもよいですよー!
(「なにはなくとも世は情け!」4選/文=高橋剛)
妻に先立たれ、未だ幼い娘と息子を手習所の師匠としての収入でなんとか養う浪人、向井親信(むかい ちかのぶ)。ある日いつものように仕事を終えた彼が裏長屋へ帰ってくれば、家の中に刀傷をつけた見知らぬ男が倒れているではないか。武士と思しきその男は目覚めた後に幸之進(ゆきのしん)と名乗り、なぜか長屋に居着いてしまって……
本作は子持ちのやもめ浪人と謎の若侍、ふたりを中心に据えたお江戸人情物語です。所謂陰キャな親信さんに対し、幸之進さんは陽キャ。陰が陽に勝てないのは世の常というものですが、知らない若造に生活を侵略されてしまう親信さんの悲哀、それを描き出す筆が実に軽妙なのです。これはキャラクター力だけでなく、文章力と表現力の高さが揃っているからこその楽しさですね。
そしてその中から透かし見えてくる幸之進さんの隠し事! これが物語の軸にしっかり絡められているからこそのエンディングは最高のひと言なのですよ。
人情ものの魅力を全部魅せてくれる一作です。
(「なにはなくとも世は情け!」4選/文=高橋剛)
高度成長期が終了、成長率も徐々に低下しつつあった1970年代後半。日本人である真奈・りさは婚約者と結婚するため、アメリカはデトロイトへと向かう。そこから始まる異文化生活はけして楽しいばかりのものではなかったが、彼女は折れることなく奮い立ち、生き抜くための挑戦を開始した!
真奈さんの半生を描くこのエッセイ、ひと言で感想を述べるならジェットコースターというやつですね。デトロイトで結婚! そこから必要性に駆られて様々な仕事を請け負う! 危険な目に合ったりしつつも折れることなく挑戦挑戦挑戦! 流れをなぞるだけでも興味深いのですが。その強さの根底にあるものが日本人としてのプライドだという点、思わず惹き込まれました。
当時のアメリカで日本人が生きることの難しさは本文に綴られている通りですが、だからこそ、この生々しい時代のど真ん中で真奈さんが周囲と情を通わせて生き抜いていく姿は頼もしく、爽快なのです。
急勾配な人生録と波瀾万丈な挑戦劇を同時にお楽しみください!
(「なにはなくとも世は情け!」4選/文=高橋剛)