この出遭いがもたらすものは不幸かはたまた幸いか?

 妻に先立たれ、未だ幼い娘と息子を手習所の師匠としての収入でなんとか養う浪人、向井親信(むかい ちかのぶ)。ある日いつものように仕事を終えた彼が裏長屋へ帰ってくれば、家の中に刀傷をつけた見知らぬ男が倒れているではないか。武士と思しきその男は目覚めた後に幸之進(ゆきのしん)と名乗り、なぜか長屋に居着いてしまって……

 本作は子持ちのやもめ浪人と謎の若侍、ふたりを中心に据えたお江戸人情物語です。所謂陰キャな親信さんに対し、幸之進さんは陽キャ。陰が陽に勝てないのは世の常というものですが、知らない若造に生活を侵略されてしまう親信さんの悲哀、それを描き出す筆が実に軽妙なのです。これはキャラクター力だけでなく、文章力と表現力の高さが揃っているからこその楽しさですね。

 そしてその中から透かし見えてくる幸之進さんの隠し事! これが物語の軸にしっかり絡められているからこそのエンディングは最高のひと言なのですよ。

 人情ものの魅力を全部魅せてくれる一作です。


(「なにはなくとも世は情け!」4選/文=高橋剛)

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