一ヶ月にわたって繰り広げられたKAC2024もとうとう終わりを迎えた。素敵なお題は脳の普段使わないような部分を強制的に稼働させ、短い締切は脳を普段以上のスピードで回転させる。やってることが祭りというか修行に近い過酷なイベントであるが、不思議とカクヨムユーザーを引き付けてやまない。なんだか癖になる。
そんなKAC2024の第一回のお題は「書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』」だ。三分、何も出来ないというわけではないが、何かをしようとすれば短い時間である。書き出しがそれなので物語は強制的にクライマックスから始まる。
今回のお題では様々な作品が集まったが、その中でもクライマックス度が高いものと、そもそもお題に対して挑戦的なものを取り上げている。
この作品はいくつもの宇宙ステーションが飛び、人間の中には宇宙空間での現実的な日常生活が可能な者も登場するようになった大宇宙開拓時代と呼ばれる時代を舞台としている。主人公のエーラ・イーはそんな時代の宇宙ステーションで家族と共に暮らしている宇宙飛行士である。
宇宙生物もありふれたものとなり、作中には宇宙イカに宇宙クジラ、そして全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが登場する(宇宙バッファローと呼ぶべきか)。
さて、KAC20241のお題は、書き出しが『○○は三分以内にやらなければならないことがあった』から始まることだが、自由挑戦お題として『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』というものが用意されている。
あくまでも自由挑戦お題であるので難易度は高めというか出落ちにしかならないような存在であるが、この作品はその挑戦を真っ向から受け止めて、『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』を利用したシリアスなSFを書いている。
と言っても身構える必要はない。
エーラ・イーという名前で読者をくすりと笑わせ、彼女の家族の名前でも笑わせた後、明るく、わかりやすい文章でするすると物語を読ませてくれる。
その結果、さっきまでくすくすと笑っていたはずが最悪の事態に陥っている。
宇宙バッファローが彼女とその家族が暮らす宇宙ステーションに狙いを定めて突き進んできたのである。
三分という短い時間制限、宇宙空間では助けを求めることが出来ないし、宇宙バッファローに通用するような武器もない。
そんな中、彼女は宇宙バッファローの特性から自分たちを守るための策を思いついてしまう。
鮮やかで残酷な結末に短編としての妙味が詰まっていて、素晴らしい短編SF小説であったと思う。
(KAC第1回アンバサダー企画お題「書き出しが『〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった」/文=春海水亭)
KAC20241のお題は、書き出しが『〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった』であることだ。
○○の中身は『僕』かもしれないし『田中太郎』かもしれない。もしかしたら○○の中身をめちゃくちゃに長くして書き出しと言いながら、それで作品を終わらせてくる飛び道具を使ってくる人もいるのかもなと思っていたし、正直なところを言えば○○をそのまま○○として使うこと自体は想定の一つとしてあった。
だが、この発想はない。
この物語の主人公は答案用紙に書かれた二つの○である。
そもそも彼らに人格を見出そうとしたことが無かったので、この時点で負けを認めないところだが、○○が主人公なのはこの作品におけるジャブのようなものに過ぎない。
伏線と明確に表記される全く伏していない伏線。
一切物語に関係ない作者のフリートーク、フリートーク後に行われる配慮という名のコピペ、KAC20241の自由挑戦お題である『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』を伏線は張っといたからな!と言わんばかりに登場させた時は、説明しないといけないのはそっちじゃないだろ!と叫びたくなった。
ありったけの混沌とネタを詰め込んで、読者に全てのツッコミを預けてこの作品は全てを破壊しながら突き進んでいく。
どういう小説かと言われれば本当に困ってしまうのだが、おそらく、KAC20241で一番大暴れしていたのはこの小説であったと思う。
(KAC第1回アンバサダー企画お題「書き出しが『〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった」/文=春海水亭)
主人公であるナユタは憎からず思っているモコに対し告白した結果、満更でもないはにかみと共に「本当に私のことが好きだったら、三分以内にもう一度告ってよ」という言葉を返されることになった。
この物語は、ナユタが再び告白するまでの逡巡の話である。
さて、好きな相手に告白するというのは二度目であってもドキドキすることだろうが、相手も自分のことを憎からず思っている。三分以内にもう一度告白するというのは我々にとっては大して難しいことではない。
ところが、ナユタにとっては非常に難しいことなのである。
と言っても、ナユタとモコの距離が三分ではとても会えないほど離れているわけではないし、ナユタの三分以内の告白を妨害しようとする敵がいるわけでもない。
しかし、三分という時間は日常で平然とフェムト秒(千兆分の一)単位が使われるこの作品内ではとんでもなく長い時間であるのだ。
〇〇には三分以内にやらなければならないことがあったという制限時間の短さを強調するお題において、敢えて三分という時間を長く捉えてみせた発想の大胆さに驚くと共に、我々では想像できないような時間の感覚に恋愛という要素を重ねることで、待つ苦しみを身近なものとして書いた技巧に唸った。
突飛な発想で日常を描く、親しみやすくて面白いSF小説であったと思う。
(KAC第1回アンバサダー企画お題「書き出しが『〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった」/文=春海水亭)
今日は地球に彗星が墜ちる予定の日だけど、学校は休校にならなかった。
地球に墜ちる予定の彗星は大気圏外で爆破されて、何事もなかったかのように世界は続いていくからだ――そう思っていたのに、くだらないヒューマンエラーで彗星は爆破に失敗した。唐突に迎えることになった世界の終わりを前にして、烏間ホタルは幼馴染の九條イサナに誘われて今まさに自分たちの元に墜ちようとする彗星を見に行くことにしたという話である。
本編のタグにもついているようにこの作品は百合小説である。
天才肌だがそれをひけらかすことなく大型犬のようにホタルに懐くイサナと、そんな彼女の世話を焼くホタル。心地が良いけれどいつか終わるであろう二人の関係は、彗星によって強制的に終わりを迎えることとなる。
そんな終末を精緻な筆致を見事に描いている。
二人の終わりは決して不幸ではなかったはずだ。
二人で最後の時を迎えたいけれど、自分に彼女との最後の時間を共有する権利があるかと悩むホタルをなんでもないような顔で迎えに行くイサナ。
終わりを前にして心の底にあった怯えを顕にしたイサナを抱きしめて、いつも通りの彼女に戻してやろうとするホタル。
来世での約束とそこからいよいよ世界が滅びるという描写は壮絶でありながら美しい。
終末を前にした二人の関係性を書ききった美しい百合小説であったと思う。
(KAC第1回アンバサダー企画お題「書き出しが『〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった」/文=春海水亭)