7月、それは一年の後半戦の始まり、そして夏クールの始まりでもあります。1月や4月ほど新しい季節という感じはありませんが、今年はなぜか祝日も固まっているし、心機一転するにはいいタイミング! そういったわけでフレッシュな気持ちになれる新作特集! 殺人AIとの対話、仲間の中に潜り込んだ魔王探し、怪しげな看護サービス、終末目前の高校生の日常……などなど今回も個性豊かな作品が揃っております!

ピックアップ

自らの判断で人を殺せるAIを人類はどう見るのか?

  • ★★★ Excellent!!!

かつて人を殺したAIと彼女を尋ねた壮年の教授の対話をメインに構成される本作品。対話を通して浮かび上がるのはこのAIの奇妙な生涯なのだが、これが大変面白いのである。

最初の彼女はただの自動掃除ロボット。しかも仕事の内容は主人が目の前で千切ったティッシュを朝晩の2回拾うだけという、まるでペットのような存在だった。ペット扱いされていた掃除AIがどうやって人を殺したのか、そしてその後処分もされずどうして今日まで存在し続けてきたのか?

一つの事件をきっかけにめまぐるしく移り変わる彼女の運命だが、どのような立場になれど彼女の行動原理はただの掃除ロボットだった当初から何一つ変わらないのである。変わっていくのは彼女に対する人類の反応だけで……。

人間を遥かに超える能力を持ちながら、自らの判断で人を殺せるAI。果たして教授はそんな彼女に何をさせようというのか? そしてそれに対する彼女の反応とは? その答えは是非最後まで読んで確かめていただきたい。


(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)

仲間の中に潜む魔王を見つけ出せ!

  • ★★★ Excellent!!!

長い戦いを経て魔王を倒した勇者一行。しかし討伐後、魔王が隠し持っていた恐るべき力が明らかになる。
それは「魔王はその命が終わるとき、半径30メートル以内にいる者の身体に乗り移る」というもの。
そして魔王の死の直前、魔王と同じ部屋にいたのは勇者たち4人のみ。
かくして終わったはずの戦いは思わぬ形で延長戦を迎える……。

主人公は勇者……ではなく、その仲間の一人であった何でも屋のクード。
魔王を倒した英雄から一転、魔王候補として疑われる身となった上に共に戦った仲間を疑わなければならないハードな展開……なのだが、そんな状況にもなっても元々の明るい性格のおかげで雰囲気が暗くなりすぎないというのが、彼のいいところでもありこの作品の特徴の一つ。

味方の中に潜む魔王を探すという謎解き要素がメインだが、元仲間とのバトルもたっぷりある、ミステリー×バトル×ファンタジーという一作で3度美味しい本作品。
魔王探しのエピソードは無事完結したが、作品はそれで終わったわけでもなく、その後には新たな怪事件が!


(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)

彼女を介護する際には絶対に破ってはいけないルールがある……

  • ★★★ Excellent!!!

看護師から介護サービスの仕事に転職した栗谷茜。当初は訪問介護の仕事だと思われていたが、妙にアットホームな雰囲気を出す会社から言い渡された仕事内容は、住み込みでの介護だった。

勤務先となるのは携帯の電波も届かない山奥にある洋館。そこの主人である宮園妃倭子という女性を介護することになるのだが、彼女の介護をする際には絶対に守らなければいけない奇妙なルールがあった。それは……彼女の顔を絶対に見てはならないこと……。

顔を見せてはならないということで妃倭子は黒い袋を被せられており、こちらの言葉には一切反応せず、さらに食事は漏斗を使って口の中に生肉のミンチを流し込む……。明らかに異常な光景なのだが、この状況を当たり前のように受け入れているヘルパーたちも明らかにどうかしているし、さらに何やら秘密を隠している。当然茜の不安は募るばかりなのだが、屋敷の中では徐々に異変が起き始め……。

本作の素晴らしい点は、屋敷の主人の病状や彼女への介護の様子など、ひとつひとつの描写がとてもきめ細かいこと。描写の説得力が全体のリアリティの強度を高め、読んでいていろいろな意味で気分が悪くなってしまう。しかしそれでも先が気になって続きが読みたくなるからますますたちが悪い。
万人にオススメできる作品とは決して言えない。でも、こういうホラーが大好きな人、いるでしょう?


(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)

先輩と僕の最後の約1年間

  • ★★★ Excellent!!!

高校生の望月亮が所属する地学研究部。活動内容は何にもなく、先輩である糺谷唯とただダラダラ部室で漫画を読んだり、おしゃべりをしたりするだけ。そんな二人の他愛ない日常が描かれる日常系な作品なのだが、ある日地球に小惑星が落ちてくるニュースが流れて来て……。

惑星衝突で人類滅亡の危機。数多のフィクションで描かれてきた内容だが、本作の場合、そこでの起きる劇的な変化を描くわけではなく、少しずつ確実に変わっていく世の中の変化を二人の会話を通じて描き出していくのが面白い。

地球に小惑星が落ちてくるというニュースを耳にして、最初にやることが二人で『アルマゲドン』を鑑賞するというのもおかしいし、人類最後の日に二人で見晴らしのいい土地へ落ちてくる星を眺めにゆるい感じで旅行に行くというのも小気味よい。

世界の終りと対比して描かれる高校生二人の日常生活。二人の決断が世界を救う……なんてことはないのだけど、抗えない運命に対してそれでも変わらずにいようとする二人の会話がじんわり心に沁みて来る作品に仕上がっている。


(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)