自分の場合この特集企画では、SF・ホラー・ミステリーを中心に紹介することになっているのですが、実際のところ、これらのジャンルは単純に割り切れるものでもないよなと思ったりするわけです。たとえばミステリー要素を含んだSF作品だってあれば、ホラーとミステリーの良い部分が融合した小説もありますし。そういえば先日、「横溝正史ミステリ大賞」と「日本ホラー小説大賞」が統合されたことも話題になりましたね。というわけで今回は「奇妙な事件」というテーマで、色んなジャンルの要素が重なり合った、一つのジャンルには収まらない多面的な魅力を持つ作品をご紹介します。

ピックアップ

4つの視点が織りなす、絶望に至る群像劇

  • ★★★ Excellent!!!

暴徒からいきなり少女の死体の描写で始まるこの作品。果たしてこの少女は何者なのか、そしてなぜ彼女は死んでしまったのか。本作はそんな謎を一つの軸にしつつ、4人の人物の人生を描いていく連作短編集だ。

主人公となるのは、彼女に騙されて多額の借金を背負ってしまったフリーター。波乱万丈の人生を送りながら専業主婦に落ち着いた一人の女性。トラウマを抱える少女の相談に乗るスクールカウンセラー。そして幽霊を見ることができる霊能力者。

まず、特筆すべきは作者の筆力だ。職業・性別・年齢も異なる4人を主人公にしながら、それぞれの日常描写を通じて、彼らの性格や価値観、どのような人生を送ってきたのかがはっきりと伝わってくる。
どの主人公も欠点を持っており決して魅力的な人物とは言い難いのに、作者の巧みな筆致によって読者はいつの間にか彼らに感情移入してしまい、物語が嫌な方向に進んでも目を離すことができず、やがて訪れる結末に震えてしまうことに……。

一見関わりがないように見える彼らの人生が、思わぬ形で繋がりを持っている点も面白く、各章のラストに登場する「小さな問題」というフレーズの使い方にもゾクリとさせられる。

(奇妙な事件の物語4選/文=柿崎 憲)

囚人たちはかく語りき

  • ★★★ Excellent!!!

本作には様々な囚人が登場する。一発の銃弾も放たずにクラスメイトに復讐を遂げた男、被写体が生まれた原因を念写できるカメラマン、運転するたびに犯罪者を轢き殺す警察官、殺人罪で収監されたのに被害者たちから無実の訴えが届く奇術師……。
科学的に説明できない事件を起こした犯罪者が収監された刑務所で、一人のカウンセラーは今日も囚人たちと対話を行っていく。

本作で紹介される数々の事件は異常なものばかりで、その原因は犯人である囚人たちですら把握できていない。だが、物語の主眼は事件の真相を解き明かすことではなく、その事件を引き起こした加害者たちの心境を描くことにある。
語り手であるカウンセラーが、自分の意志で罪を犯した者から、謎の現象に巻き込まれたある種の被害者と言える人物まで、犯罪を通して奇妙な世界に踏み混んだ人々の心情を掘り下げていく。

その客観的でストイックな語り口は事件の奇妙さをより引き立てており、とても読みやすい。まるで海外の短編SFドラマを見ているような味わいを楽しめる逸品だ。

(奇妙な事件の物語4選/文=柿崎 憲)

弁護士VS悪霊! 法学は呪いに通用するのか!?

  • ★★★ Excellent!!!

物語の舞台となるのは奥多摩の山奥にある旧家。一族の当主である青子は床に伏し、亡くなるのもそう遠くはなく、屋敷には膨大な遺産を巡って親族一同が集合していた……。
どう考えても殺人事件の一つや二つが起こりそうな、このシチュエーションで、そして読者の期待通り惨劇の幕は開くのだが、本作で死ぬ人間の数は片手では収まらない。集まった親族が次から次へと盛大に殺されていく。それも人間の手ではなく、悪霊の手によって……。

不気味な悪霊によって金目当ての親族たちがひたすら殺されていく展開は、あまりの容赦なさに一種の爽快感すら覚えてしまうのだが、本作ではそれに加えて悪霊が人を殺す条件に“法則”が隠されている。
ただのスプラッタで終わるのではなく、生き残るためにこの法則をいかにして暴くのかというのが、物語の大きな楽しみになっているのだ。

そして、そんな謎を解くための探偵役として事件に巻き込まれたのが、若手弁護士の鷹志田陽法。
特に優秀というわけではないが運の良さだけには定評のあるこの男が、己の職業をフルに活かし、弁護士ならではのやり方で事態を解決する展開は非常にユニークだ!

(奇妙な事件の物語4選/文=柿崎 憲)