カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ2024(KAC2024)の第2回お題「住宅の内見」の作品レビューです。

【経緯】
 「KACスペシャルアンバサダー」として春海水亭さんと共に参加しました。お題に基づいて参加者が作品を投稿するイベントですが、アンバサダーはお題を考え、投稿作から4作品を選んでレビューを執筆しました。全8回あるKAC2024のうち春海水亭さんが第1回、私が第2回を担当しました。
 春海水亭さんと私(八潮久道/OjohmbonX)がそれぞれ、カクヨム投稿作に書下ろしを加えた短編集がKADOKAWAより刊行されることとなり、その縁でお声がけいただきました。

【お題】
 第2回のお題は「住宅の内見」です。
 お題のタイプとしては、お話の方向性やジャンルを指定するもの(例:ラブコメ)、キャラクターの性格を指定するもの(例:おっちょこちょい)、アイテムを指定するもの(例:時計)、イメージや概念を提示するもの(例:熱)など多々あり得ます。
 今回はシチュエーションを指定するようなものにしようと考えました。一見強い制約によって、かえって大きな自由が生じて遊びが大きいのではないか。自分自身が書くならそうしたお題が楽しそうだと思ってそうしました。

 第1回の春海水亭さんはどうされるのかなと楽しみにしていたら、「書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』」がお題で、書き出し指定で衝撃。さらに自由挑戦お題として「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」も出されており、自由挑戦お題って何。自分もどうしようかやや動揺しましたが、私の方はそのまま「住宅の内見」でお願いすることにしました。

【作品】
 お題の捉え方や視点の設定、ジャンルなど、とても多種多様な作品を投稿していただきました。自分で設定したお題でたくさんの人が書いてもらえているのを見ると、非常に緊張しました。
 なお春海水亭さんは第2回のお題開示の7時間後に作品を投稿され、(アンバサダーが参戦!?)(しかもこのスピードとクオリティで……)とビビりました。「※なお、アンバサダー担当者がKACに参加した場合、ランカー賞・皆勤賞は受賞できないものとします」のレギュレーションが追加された。ヤバい。4作品とは別にレビューを書きました。

 多くの作品を読んでいると読む側にある種の評価軸が意識せずとも生じてきますが、レビュー対象の4作品の選定は賞レースの選考ではありませんし、私自身も評価者ではなく話を書く側の人間でもあるので、そうしたエレメントの優劣で決めないようにしました。レビューがそうなり得ているかはともかく、そんな意識で自分としてぐっとくるものを選びました。

ピックアップ

可笑しさと好ましさの詰まった端正なホラー

  • ★★★ Excellent!!!

 怪異のような客と、その客に驚きながらもプロとして平常通り対応する不動産屋のやり取りで話が進んでいく。

 お話の中にふざけやフック・かましが次々と散りばめられていくのが楽しい。一方でそうした要素に過度に縋らず、作中人物や地の文はそれらを淡々と受け止めて進んでしまうのも読んでいて心地いい。

 客の態度を好もしく感じていた不動産屋が、2件目の内見で起こった「トラブル」にうろたえる客に接し、ふいに嗜虐的な欲情を抱く。単純に「かわいいお客さんだな」だけでは済まない、負の感情が生じる転倒がリアルだ。不動産屋と客を超えた生々しさが一瞬立ち上がってくるが、それでも不動産屋はそれを表に現すことはなく、あくまでプロとして振る舞い続ける。彼に一線を超えてほしいような、しかしそうしてほしくはないような、彼の抱く両面的な感情に読む側も少し巻き込まれながら、お話はそこもまた軽々と過ぎ去っていく。

 3件目の内見に至って、オチと呼び得る大きな転倒が待っている。これまで語られていた(怪異のような客を除けば)それなりに私達の現実と変わりのない不動産屋への申込みと内見の経過が、たまたま私達のそれと似通っていただけだと知らされてお話の全体が転倒していく。
 見事で端正な短編。


(KAC第2回アンバサダー企画お題「住宅の内見」/文=八潮久道)

荒唐無稽の勢い押し出しバトル

  • ★★★ Excellent!!!

「内見バトル」により貧富が決まる世界で、無職の主人公が悪の不動産屋と対決する。
 ひたすら勢いがあって笑ってしまう。内見バトルの勝敗はどう決まるのか。最後まで読んでもいまいち不明のままだ。

 悪の不動産屋は内見中に、住宅設備を利用し、客である主人公を物理的に殺害しようとする。主人公は物件に隠された収納を見抜き、罠を回避していく。客を殺せば勝ちなのか? しかし負けた相手を「地獄物件」へ送り込み暴利を貪ることで悪の不動産屋は栄えているというからそうではないのだろう。

 主人公が罠を回避するたび悪の不動産屋は「信用」の「加点」を行う。「信用」が一定値を超えれば勝てるのだろうか? しかしその後「信用」の話は消え(カード限度額の概念として継続しているのかもしれない)、住宅設備による攻撃と収納による回避のバトルさえ後退し、互いの能力バトルへとズレていってしまう。その主人公の第2の能力もどのように発現し、いかに不動産屋を圧倒したのかも謎だ。

 リアリティを支えるための作中世界内の設定や整合性にはほとんど無頓着なように見える。そんなことは関係ないと言わんばかりに、次々と多様な「それっぽい」要素がぶっきらぼうに出現していく。「内見パワー」という結局謎のままのワードや、「大切な人から借り入れた力だ」という突然の他力本願的で無責任なセリフに、ついつい笑ってしまう。

 それから、タイトルとサブタイトルが「機動武闘伝Gガンダム」を思い出させて、個人的に好きな作品だった点もぐっとくる。


(KAC第2回アンバサダー企画お題「住宅の内見」/文=八潮久道)

ささやかな希望の実現を、喜んでくれる赤の他人がいること

  • ★★★ Excellent!!!

 子供が漠然とした大人への憧れやイメージを持つ。好きな仕事に就く、外食をする、買い物をする、家族を持つ、住居を持つ……子供は大人(親)の決定に従って我慢を強いられるが、大人になれば自分で全部好きに決められるんだろう。そんなイメージは、現実の大人が労働により賃金を得て、その金銭的な制約の中で生きていることを、子供がまだ上手く理解できないことに由来する。実際に大人になってみると、夢想していたほどの自由はないことに気付く。

 そんな子供の頃のありふれた、一種の誤解ないし「夢」を、主人公と読み手に喚起させるところから本作は始まる。

 主人公は不動産屋と物件を回って内覧を続けてゆく。不動産屋の担当者は、やや浮薄で馴れ馴れしい。しかし客に過度に干渉はせずに寄り添い、騙そうともせずあくまで誠実な人間なのが気持ちいい。最後の物件が、主人公にとって子供の頃の漠然とした希望を満たすものだと知ると、不動産屋の担当者は主人公以上に我がことのように喜んでくれる。

 確かに大人は思ったほど自由でもなく、人生に苦痛はつきまとう。そうであっても、ふとした拍子に「何もかもが悪いわけじゃない」と人生を肯定できそうな瞬間が訪れる。実のところこの掌編は、主人公がかつて夢見ていた住宅の条件に合致したことそれ自体よりも、それを家族でも友人でもない、その時限りの付き合いでしかない他人が一緒に喜んで肯定してくれたことに、救われるような気持ちになるのだと思う。


(KAC第2回アンバサダー企画お題「住宅の内見」/文=八潮久道)

客と不動産屋のじゃれ合いを支える「特殊住宅」内覧の丁寧な描写

  • ★★★ Excellent!!!

 ドラゴン大好きS級冒険者の客に、視点人物である不動産屋の担当者が、ドラゴンそのものを用いた住宅を案内していく。

 玄関、リビングから始まり、多くの設備や部屋を経て屋上へと二人は内見を進めていく。生物であったドラゴンが、どのように高級住宅へと作り変えられたのか。その仕組みや様子が細かく描出される。その具体的な描写によって、不動産屋の担当者のプロとしての確かな能力と、S級冒険者の持つ経験や知識、能力が如何に並外れたものかが説得力を持つ。

 例えば、ドラゴンが好きな人であれば、ドラゴンの遺骸を家に作り変えることへ抵抗感を覚えるのではないかといった疑問も、「ドラゴンを素材として用いたものを身に着けていたので高い確率でイケるだろうと踏んだ」とさりげなく説明する点など、とにかく丁寧にその世界の違和感や不整合を解決して、読み手の引っかかりを取り除いてくれる。この態度は、主人公の不動産屋としての丁寧な仕事と呼応しているようだ。

 こうした丁寧さのおかげで、S級冒険者の一種の異常さが際立ってくる。ドラゴンが好き過ぎてテンションと他人への距離感が狂っている人物と、ツッコミ役としての主人公の、楽しい(じゃれ合いやイチャつきにも近い)やり取りが自然に展開されていく。

「オチ」と言い得るトラブルが、ラスト近くで住宅に発生する。これもここまで積み重ねられた住宅のディテールによって不自然さや唐突さから免れている。そこで終わらず彼らのじゃれ合いがもう一段続き、さらにお話の先を予感させるところに大きなサービス精神ないし作者の「こういうのが好きなんだ」を感じて楽しい。


(KAC第2回アンバサダー企画お題「住宅の内見」/文=八潮久道)

不法占拠者に対する明け渡し請求除霊

  • ★★★ Excellent!!!

 アパートの一室を不当に占拠する前店子(故人)を、新たな借家人候補が強制除霊を試みる。

 前店子は死去後、法定相続人ないし相続財産管理人によって賃貸借契約が解除されているはずだが、悪霊として不法に不動産を占拠し、あまつさえ新たな入居候補者へロー祟りやみぞおちへの祟りなどの加害行為を繰り返し、極めて悪質である。前店子は「人間社会の側が幽霊から賃料を徴収するシステムがない」との理由で占拠を正当化するが、詭弁に過ぎない。

 霊が場所に縛られ移動できない点は同情の余地が残るとしても、暇にあかせて戦闘力を上げ他者に害をなす行為は強く非難せられてしかるべきである。

 不動産の所有者でもなく、不動産の管理を委託されてもおらず、賃貸借契約を結んでいるわけでもない「内見に来ただけの人」が、不法占拠者への強制除霊を執行する権利はあるのだろうか。

 第一義的には大家ないし不動産屋が対処すべきである。しかし不動産管理業者の担当者から食塩を譲渡された点は、除霊の委任を意味するとも考え得る。また前店子が交渉の緒に就く間もなくロー祟りで加害行為に及んだことから、内見者による除霊は「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為」(刑法36条1項)として違法性が阻却されると考えられる。

 本作は挌闘技バトルを悪霊の世界に持ち込み、祟りや除霊といったホラーの世界が、挌闘技バトルの用語や展開によってズラされてしまうところに、大きな可笑しみが生じる。(別の世界軸の導入で生じる可笑しみがとても楽しかったので、上記はルールの世界軸を導入してみた。)

 読めば絶対に笑ってしまう、名前を伏されても春海水亭を思い出してしまう話を、お題の提示から7時間ほどで書き上げてしまうのだから恐ろしい。


(KAC第2回アンバサダー企画お題「住宅の内見」/文=八潮久道)