今回は新作を新たにピックアップということで運営の方から膨大な作品数の新作リストを頂き、その中からひたすら目を通していったのですが、このように数が多い中から作品を選ぶとなると、作品タイトル、そしてカクヨムの特徴である「作者による自薦のキャッチコピー」の影響が非常に大きいことを改めて思い知らされました。もちろんキャッチコピーに惹かれて読んだけれど自分とは合わない……というケースもありましたが、何はともあれ手に取ってもらわなければ始まりません。作品の内容を大まかに説明したもの、あるいは端的な一文で読者の興味を惹いたものなど、作品それぞれに合ったキャッチコピーというのはあるわけで、せっかく小説を書いたのにあまり閲覧数が伸びないと悩んでいる方は、本編だけではなくキャッチコピーの方でも色々工夫してもいいかもしれません。

ピックアップ

赤子で孤児だけど異世界で頑張るでちゅ!

  • ★★★ Excellent!!!

「乳児期をどう描くか」というのは現在の異世界転生ものでは、重要な論点と言えるかもしれない。
だって赤ちゃんの頃に前世の記憶が甦っても、寝転がるか、泣きわめくぐらいしかできなくて話が進まない。だからそういった赤子時代はダイジェストで流したり、あるいはある程度ものごころがついた年齢で前世の記憶が甦ったりする作品も少なくない。
だが、本作では主人公が赤ちゃんの時代から話がガッツリ進んでいく! 
しかも生まれた瞬間から母親が路地裏で死んでいるという超ハードモードだ!

魔法を使ってネズミや虫から生命力を吸い取ったり、ハイハイで壁を登ったりして、なんとかスラムをサバイブするスキヤキくん(命名者本人)だが、赤ちゃんなのでやっぱり限界は来る。
そんな時に色んな人(?)に助けられて、彼らと交流を深める姿にはグッとくるし、やがて訪れる別れるシーンではちょっぴり泣けてくる。

こうやってあらすじを説明すると、ものすごくシリアスで重苦しい作品に思えるのだが、文章のテンポが良くギャグも頻繁に挟まれサクサク読めるし、スキヤキくんも台詞にいちいち「でちゅ」とつけたりして大変あざとくも可愛らしい。
最近の展開ではどうにか8歳児まで成長したが、それでもときどき語尾に「でちゅ」とつけるスキヤキくんはやはりあざとくも可愛らしい。

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)

究極の小説を生み出す装置、それは「E〇CEL」

  • ★★★ Excellent!!!

無限の猿定理、それは無限に生きるお猿さんが、タイプライターを無限に打ち続けると、いつかはシェイクスピアの小説と全く同じ内容の文字列を打ち出すこともあるという、有名な思考実験の一つだ。

そして本作の作者によるキャッチコピーは『E〇CELで、無限の猿を作ろう。』
そう、このキャッチコピーの通り、本作ではプログラマである作者が表計算ソフト「E〇CEL」の様々な機能を使って、全くのランダムから意味のある文章を作り出そうとする壮大な実験が描かれているのである。

そして描かれる苦難の数々、作者は最初、実験の元ネタにちなんで「シェイクスピア」という文字列の生成に軽い気持ちで挑戦するが、このたった7文字ですら簡単にできない。
やがて「E〇CEL」の便利な機能を調べたり、様々な作業をPCに代行してもらうマクロを組んだりして効率化を図り、さらにPCをつけっぱなしにして試行回数も「億」を超えてどんどん作業の質も量もインフレしていくが、肝心の「シェイクスピア」は全く姿を見せず……。

ジャンル的にはSFだが、内容はどちらかと言えばエッセイ寄りだ。
だけどこういう途方もない発想を元にして、手探りしながら一歩ずつ目標に近づいていく。
本作のこうした部分にはSF作品が持つ紛れもないセンス・オブ・ワンダーを感じてしまうのだ。

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)

魔王と闘い続けた永遠よりも長い一年

  • ★★★ Excellent!!!

弱かった主人公が過去に戻り、未来の知識や密かに鍛え上げたスキルを活かして大活躍。近頃のWEB上のファンタジー小説では頻繁に見かける設定だ。
一見、本作もそうした作品のように思われるのだが……。

勇者である主人公は魔王との戦いに敗れ、とうとう力尽きる。だが彼が死ぬ直前の「過去に飛ばして、やり直させてくれ」と願ったことで、選定の剣の力により彼は一年前の世界に戻ってくる。
そして彼の途方もない戦いが幕を開ける。

魔王の前に立っては剣を振るい、命を落としながらも魔王の弱点を見つけ出すトライ&エラーの日々。
甦るたびに魔法を覚えたりして強くなっていき、徐々に魔王との力の差は埋まっていくが、埋まったものは力の差だけではなく……。

作者による本作のキャッチコピーは「ループ能力者の末路」。
わずか3話でありながらも、ループもの特有の楽しさ、そしてそれ以上のしんどさを叩きつけられる強烈な作品。
ある程度予測がついていたはずなのに、それでもぞくりとさせられるラストは必見だ。

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)

中年の枯れた魅力にあふれる素敵な主人公

  • ★★★ Excellent!!!

本作の作者によるキャッチコピーは「翻弄され、取り乱しても、前に進む、そんなダメお父さんの物語」。

実に秀逸である。この題名とキャッチだけで作品の内容を余すことなく紹介できており、ターゲットの読者を狙い撃ちすることに大成功している。
まず最初に人を惹きつけることに成功すれば感想を書いてくれる読者が現れたり、ランキングにも入るようなことにもなって、ターゲット外の読者も興味を持って手に取ってくれるかもしれない。

というわけでキャッチコピーはやはり大事なのだが、本作で優れているのは何もタイトルやキャッチだけではない。

軍隊に勤務しバツイチの一人暮らしをしている野中博三。
そんな彼の下に別居していた娘が転がり込むところから物語は始まる。
冷たい態度を取る娘となんとか距離を縮めようとする一方では、職場ではなぜか同僚の女性から好意を寄せられたり、逆に煽られたりする日々。
このような女性陣に振り回される暮らしの中での博三の態度が実にいいのだ。
内心では心配したり、取り乱したりしながらも、そうした感情を決して表に出さず、のらりくらりと人間関係を何とか乗り越えていく。
決して若々しくもなければ、派手でもないのに、何とも言えない中年の枯れた魅力にあふれる素敵な主人公に仕上がっている。

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)