WEB小説で人気のジャンルの一つに異世界転生があります。毎日の職場との自宅の往復、教室で行われる退屈な授業、ネット上での一週間もすれば誰もが忘れる空騒ぎ。こんなつまらない日常に較べて、異世界が見せてくれる輝かしき冒険の日々ときたら! そりゃあ人気ジャンルになるっていうものですよ。しかし、それでも我々は基本的にはこの日常を生きていかなければなりません。そこで今回は、そんな日常の世界を魅力的に描いた小説&エッセイをご紹介。ミステリーからホラーにSF、ファンタジーまで。決して退屈ではない、日常の延長線上に続く物語の世界をご賞味あれ!

ピックアップ

世界の終りを目前に、少女たちの友情が始まる

  • ★★★ Excellent!!!

未知の細菌が拡散し滅びつつある世界。そんな中、高校1年生の高垣夢路は納豆好きの水戸湊と出会う。
湊と友人になった夢路は、彼女が計画する納豆菌を利用した世界を救済する方法を手伝うことに……
とあらすじを説明すると何だかギャグっぽいですが、全然そんなことはないのです。

まず、終わりつつある世界を日常として描いているのが凄い。
携帯電話は通じず、食料もどんどん不足していく。それでも学校はあるし、学校を休んだクラスメートにはプリントを届けなければいけない。
こうした日常をごく普通の女子高生の視点から淡々と描くことで、読者もこの特殊な状況を違和感なく受け止めてしまいます。

そして、キャラクターも秀逸で、納豆好きの湊は教室の中でも平然と納豆をかき混ぜて食べるくらいの変わり者。
しかし、彼女が納豆を愛するのにも納豆菌で世界を救おうとするのにも、ちゃんと明確な理由があり、それによって彼女がただの変人ではない魅力的なキャラクターとして立ち上がってくるです。
そしてそんな湊と夢路が、世界の終りを前にして、友情を育んでいく様子が実に素晴らしい。

ちょっぴり変わった設定に目を引かれますが作品の根幹にあるのは、互いを全く知らなかった少女たちが親友になるまでを描く、まさに青春小説の王道!
また、納豆に関するうんちくも豊富なので、納豆好きの方にもおすすめですよ。

(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=柿崎 憲)

書店で見つけた謎を解くのは無口すぎる探偵

  • ★★★ Excellent!!!

ミステリーといえば「密室殺人!」や「村の因習に見立てられた連続殺人!」といった具合に血生臭いイメージを持つ人も多いかもしれませんが、そういう作品とは別に存在するジャンルとして、「日常の謎」というものがあります。
日常の中で見かけたふとした奇妙な出来事。そんな謎を素人探偵たちが解き明かす。最近では米澤穂信先生の「古典部」シリーズあたりが有名ですね。
そして、本作もその「日常の謎」の系譜に連なる作品。本作品では書店を舞台にして様々な謎が繰り広げられていきます。

「なぜ彼女は同じ本を二度買いに来たのか」「なぜ女子高生の返品騒動が相次ぐのか?」「何本も書店に傘を預けていく女性の真意は?」

そんな気になる謎を解く探偵役は、男子大学生の貴家颯太郎くん。
探偵役としては珍しくびっくりするぐらい無口で何を考えているかわからない彼が導き出す謎の真相とは?

書店を舞台にしているだけあって、どの事件の謎も本に関わるものばかり。
読書家の方ならその意外な真相にハッとすること間違いなし。
一話一話も長すぎず短すぎず、軽い気持ちでサクサクと読める爽やかな短編集です。

(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=柿崎 憲)

日常に潜む謎や欺瞞を見つけ出す素晴らしき着眼点

  • ★★★ Excellent!!!

日々当たり前に暮らす中で、ときどき行き当たるささやかな疑問や気付きや思いつき。
普通ならスルーしてしまいそうになりますが、それらの発見から目をそらさずに正面から検証しようとしているが、このエッセイです。

たとえば、ウーロン茶の親しまれ方は怪しくないだろうかと疑問を呈し、ポテトサラダにおけるそれぞれの食材の相性から友情というものを分析し、散髪に行けば、美容院で髪も持っていかれ、お金も取られるのはおかしいのではと気づいてしまう。

こんな一晩寝たら忘れてしまいそうな日常の出来事を、正面から突き詰めようとする姿勢に、ついくすりとさせられます。
異様に理屈っぽいのにユーモアがあって読みやすいという独自の文体も魅力的で、決して特別な体験が書いているわけでもなく、我々の誰もが身近に感じていることを書いているのに、ついつい読むのが止まらなくなってしまう不思議なエッセイです。

(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=柿崎 憲)

母の口から語られる、ファンタジックなのろけ話

  • ★★★ Excellent!!!

絵本作家の母が書いていた「魔法使いがお嫁さんを探す」物語。しかし、実はこの話は作り話ではなくノンフィクションで、そのお嫁さんというのが母親だったのです! つまり、本作の主人公である祥太朗は魔法使いと人間のハーフ! 
そして、幼いころから姿を見せず、既に死んでいると思った父親が生きているということを知った祥太朗は、父親を捜そうとするのですか……。

そんな設定の本作ですが、じゃあバリバリのファンタジーなのかというと、そんなことはありません。
舞台は現代ですし、祥太朗が使えるようになる魔法は、コップの中の水をしょっぱくしたり、量を増やしたりするとかいう微妙なものばかり。
父親を捜すと言っても学校に通わなきゃいけないし、それに幼馴染との関係のほうが今は大事。一応母に手がかりを尋ねれば、聞かされるのはロマンチックなのろけ話ばかりで……。

そんなエブリデイ・マジックというジャンルの一作である本作ですが、ぽわぽわした雰囲気のお母さんが実に可愛らしく、母の口から聞かされる少し天然の入った父のエピソードもとても楽しい。
読んでいてほんわかした気持ちになれる。心地よい一作です。

(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=柿崎 憲)