音楽は再生する


今ではその呼び名は廃れてしまいましたが、古いオーディオ機器には音楽を奏でるためのスイッチに「再生」という機能・名称を付けていました。何故はじめて聴くものでも「再」生なのか、昔はずいぶん不思議に思ったものです。
でも今ならわかるような気がします。音楽というものは、奏でられてこそ生きるもの。レコードやカセットテープに記録されている状態は、有り体に言えば死んだ状態なのであって、スイッチが入り信号が流れ出し、スピーカーを震わせ世界へ向けて奏でられるときにこそ、音楽は再生されるのです。
『天星石≪アスタリウム≫の響≪うたごえ≫』は。文明が崩壊した後の世界を舞台にしたSF小説です。その世界にはレコードもカセットテープも、ましてやMP3プレーヤーも既に存在しません。それでも、そこに人が生きている限りは音楽もまた生きている。ジウとニューラン、この物語の二人の主人公は、生きている人々の中で、生きている音楽を、記録していきます。
録音機器がなくとも音楽を記録することは出来ます。そう、楽譜ですね。でも採譜をすることで音楽を写し取っていく行為は、生きた音楽をそのまま保存することではないのかも知れません。音の振動を記号と文字に置き換えていく過程には、個人の認識や判断、是非といったものが必ず介在します。言い換えればつまり、

楽譜には、人の想いが宿っているのです。

楽譜を基に楽器を奏で、世に音楽が満ち溢れるとき、そこで再生されるものはなんだろう?
音楽を再生するようでいて、実は人が再生される。傷ついた世界と人とを癒す『天星石≪アスタリウム≫の響≪うたごえ≫』は、そんなお話――

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