天星石≪アスタリウム≫の響≪うたごえ≫

不知火昴斗

第1話

 はるか前方には、頂に白いものを乗せた山が連なっている。

 その麓から続く幾つものなだらかな丘を経て、草原は俺達が立つ村の入り口よりも、ずっと後方へと広がっていた。

「やぁ、やっと着いたね」

 自分達がやってきた方向を振り返り、ニューランが伸びをする。

 日避けにと被っていたフードを脱いで眩しそうに目を細めるその横顔に、俺は毒づいた。

「誰のせいだと思ってやがる」

 しかし、こぼしたところで相手が何の気にもとめないことは、共に過ごした半年間で身に染みてよくわかっている。

 自らを伝承蒐集家フォルクロールレイカーと称するこの男と知り合ったのは、彼の持っていたテレプシコーラを俺が直してやったことが切っ掛けだ。

 彼はこの録音と再生ができる小型の携帯音響装置で、各地に散らばる古唄いにしえうたを集めて旅をしている最中だった。

 俺はといえば、特に目的もなくただ外の世界を見て回りたいというだけのお気楽な動機で、あちこちを渡り歩いているところだった。そして、滞在しているタウンに飽きて、そろそろどこかへ出て行こうかと考えていた頃に、ニューランと知り合った。

 渡りに船とばかりに、俺はニューランについて行くことに決め、彼の方もまた、旅の連れ合いが増えるなら退屈はしないだろうと快諾し、以来こうして二人であちこちを巡ってきたのだったが。

「まあ、いいじゃん。無事に着いたんだし」

 案の定、ニューランはけろりとした顔で俺の腕をとって先を促す。だだっぴろい草原を六日もかけて踏破したばかりというのに、全く疲れた素振りも見せない。奴の頭はすでに、これから聴けるであろうウタのことで一杯なのだ。

 俺は返事の代わりに小さな溜息をついて、疲れきった足を前へと進めた。

 俺達が目的地としていたビレッジは、大陸の中ほどに位置する広大な草原のど真ん中にあった。

 かつては遊牧の民が寄り集まった小規模な集落にすぎなかったが、そのうち街道沿いに定住する者があらわれ、次第に村という形をとるようになったのだといわれている。そのせいか、正式な名前というものはなく、人々には単に村としか呼ばれていない。

 村の入り口には、これといって目立つような標識はなかった。しかし、小さな小屋が幾つか連なって建っているし、奥の方には少し大きめな建物――おそらく宿だろう――があるのだから、間違いはないはずだ。

 隔週に一度の定期便しか訪れない辺境の村に、果たして期待通りのものがあるのかどうかはわからなかったが、ともかく俺は、少しでも早く、疲れた体を休める場所がほしかった。


 村に入ってすぐ、数人の男達が環になり、ああでもないこうでもないとやっているのが目に入った。

 ちょっとした広場のようになっているその隅で、彼らは何かを取り囲んで議論している。

 そのうちの一人が俺達に気づき、顔をあげた。

 途端、その目が丸くなるのが遠目にもわかった。

 仲間の挙動に気づいた残りの男達も、次々と同じように目を丸くする。

「こんにちは」

 何かを言われる前に、ニューランが手を胸に当てて挨拶をする。街を出る前に、一応知っておいた方がいいと教えられたこの地方の挨拶だ。

 それが功を奏したのかはわからないが、彼らがあっけにとられていたのはほんの数秒。最初に俺達に気づいた男が、戸惑った様子で口を開いた。

「あんたら、どこから来た」

「あっちの先」

 ニューランが自分達の歩いてきた方向を指差す。差したところで見えるはずもないのだが、男達が首を伸ばしてその先を見ようとする姿に、俺は笑いをこらえる。

「あっちの先って、まさか、街から? どうやって? 便が来るのはまだ先のはずだが」

「どうやって、って、歩いてだけど?」

 それが何か?という具合に、ニューランが小首を傾げると、

「歩いて? この草原を?」

 一斉にどよめきがあがる。

 無理もない。一口に草原といっても、とにかく広いのだ。

 街の近くであればまだ自走車ビークルを使えるが、あれは高級すぎる上に遠出に不向きだった。なにより、昔の地図は大きく書き換えられてしまった上に、空白が多く、ところどころ欠けているような状況だから、確実に安全だとされるルートから外れてしまうと、何が起こるかわからない。

 唯一あるのが、街と村を結ぶ――というよりは、街と、更に遠くにある街との間を往復する隊商の定期便だった。

 彼らは、昔からの家畜を利用した荷馬車を使っていた。

 決して早くはないし運搬能力も高くはないのだが、確実に使える手段は、もはやこれしか残されていないのが現状なのだ。

 数十台を連ねた貨物専用の荷馬車は、本来ならば人が乗るには適していない。しかし払うものさえ払えば、積荷の場所を少し空けてもらうことくらいはできた。

 今どき、各都市間を旅行しようなどと考えて実行する者は滅多にいないが、かといって全くいないというわけではない。

 俺たちも、今まではそうやってあちこちを巡ってきたし、今回も同じ手段を利用するつもりでいた。それなのに。

「こいつのせいで、便を逃しちまってさ」

 わしわしとニューランの後ろ頭をかき回してやると、

「なんだよ、ジウだって寝坊したのは一緒じゃないか」

 子供のように口を尖らせて抗議するが、また二週間待つのは絶対に嫌だとゴネたのはこいつなのだ。そして、男達があっけに取られていたのは、こいつの容姿が原因だった。

 俺に好き勝手かき回され、日除けにと被っていたフードが脱げる。そこからあらわれたのは、真白い雪にも似た色をした髪だった。

 その下に覗く肌の色も、そして深緑色の宝石を思わせる瞳までもが、この大陸に暮らすどの者とも違っている。

 世界が変わってしまってから、彼らのような人種は自ら作った天蓋ドームに引きこもった。外に出て平気なのは、黒か褐色をした髪と瞳と、色素を持つ肌を有する者達だけだ。

 俺ももちろん、黒い髪に黒い瞳で、肌は黄色系。この村の住人も似たような具合だが、彼らの肌色は、俺よりももっと日に強そうな褐色系だ。

 見かけない容姿ゆえに、ニューランは行く先々で奇異の目を向けられた。しかし、そんなことを気にするようなタマなら、そもそも表には出てこない。

 彼は、穴があくほど自分を見つめる男達に気を悪くすることもなく、そよ風でも受けているかのような具合で話しかけた。

「それはそうと、皆はここで何をしていたんだい? 随分と難しそうな顔をしていたけど」

「あ、ああ……そうだな、そうだった」

 ニューランの言葉に我に返った男達は、車座になっていた中心へと目を戻した。

 そこには、人の頭ほどの大きさをした古ぼけた鉄の塊があった。

「この間、うっかりつまづいて丘から転げ落としてから、どうも調子が悪くてな」

 言われてよく見てみると、それは旧型の携帯型受信機だった。四方の角のうちのひとつが盛大に凹んでいる上に、手持ちするアンテナも折れている。

 随分と珍しいものを使っているな、と感心していると、

「アリーが直そうとして無理に曲げるから」

「お、俺じゃねぇよ! もともと折れてただろうが」

 名指しされて慌てているのは、最初に俺達を見つけた男だ。

「よかったら見てやろうか?」

「あんたは?」

 唐突な俺の申し出に、誰もが戸惑いを隠せない様子で互いの顔を見合わせる。

 だが、アリーと呼ばれた男がおずおずと俺の前に進み出た。

「あんた、もしかして、技師か?」

「まぁ、一応な」

「心配ないよ。ジウの腕は確かだからさ」

 ニューランの言葉に、男達はまた顔を見合わせる。が、次に向けてきた顔は、先ほど浮かべていた困惑は消え去っていた。

 地面に尻をつけていた二人が立ち上がり、場を空けてくれた。俺はそこに背負っていたバックパックを下ろすと、工具を入れたケースを取り出す。

 少し遠巻きながらも、物珍しそうに取り囲む男達の前で、俺は受信機と折れたアンテナをみる。

 簡単な構造の旧式無線だった。テレメトリ発信機、あるいはアニマル・マーカーと呼ばれる認識用ビーコンを装着させた家畜の探査追尾に使っているのだろう。

 出力は弱いが、アンテナを任意の方向に向けさえすれば広範囲の探知ができるという汎用タイプだ。

 受信機の本体を手にとると、結構な重みを感じた。旧時代に作られた中でも、また更に古いタイプのようだ。

 転げ落としたという割に、パネルにヒビも入っていない。外装の頑丈さは、折り紙つきということか。

 しかし、俺が感心したのはそこではなかった。

 こんな旧式のものが何事もなくいまだに使用出来ていることのほうが、はるかに興味をそそられたのだ。

 パネルを開けて、覗いてみた中身は無事だった。だが、

(おや?)

 そこに収まっていたのは、中心に光る石が嵌め込まれた最新式の結晶回路だったのだ。

 天星石アスタリウムと呼ばれ、青白い明滅を仄かに繰り返すそれは、まだ生きていた。石の色から推測するに、純度はあまり高くないが、それでも安定した状態を保っている。

 正直、こんなところでこんなものにお目にかかれるとは思っていなかったので、俺は二重の意味で驚いた。

「……どうだ?」

 俺の顔色をみて心配になったのか、アリーがおそるおそるといったふうに手元を覗き込む。

「ああ、何でもない。大丈夫だ」

 俺はアリーにそう言うと、受信機の中を改めて観察する。

 手を加えられていたのはほぼ全ての部品で、それらが何の破綻もなく、結晶回路とそれに連なる結晶電池に繋がっていた。基盤だけは昔のままのようだったが、それも過負荷で焼け付いたりはしていない。

 ただ、数箇所のパーツを留めるネジが緩んでいた。不調の原因はおそらく、転げ落とした衝撃で、緩んでいた箇所がズレるなりして起きた接触不良だろう。

「こっちの方は、問題ないと思う」

 俺の呟きに、一同がほっとした様子で胸をなでおろす。

 俺は手早く締め直してパネルを閉じると、続いてアンテナの修理の方に取り掛かった。

 手に持ったまま転んだのだろう、先端にある受信用の金属パーツがぼっきり折れてしまっている。

「銅線かアルミ線はあるかい? なければ、こういうケーブルでもいいけど」

 俺がアンテナから繋がるコードを摘まんで掲げて見せると、やはりアリーが答えた。

「確か、いつだったかの古いケーブルの束が納戸にあったはずだが、長いこと放ってあるし、まだ使えるかどうか……」

「中が腐ってなければ大丈夫なはずだ。一応、確認してみたい。持ってきてくれるか?」

「わかった」

 アリーは頷くと、隣にいた男を促して、二人でその場を離れた。

 彼らはすぐ側の大きな建物へと入っていき、そして、ほどなくして黒いロープ状の束を担いで戻ってきた。

 彼らが持ってきたのは、かつては普通に使われていた電線用のケーブルだった。

 剥き出しだった端は緑に腐食して、触るだけで簡単にぼろぼろと崩れてしまったが、絶縁用の被膜をナイフで剥いてみれば、外気に触れていない部分はまだ綺麗な黄土色に光っていた。

 そのまま使うには強度が足りなかったので、俺は剥いたそれらを一旦束ねてぐるぐると巻きつけ、棒状にしたもの作った。そしてそれを、放射状に組み、支柱に固定する。

 仮組みしたアンテナを俺が受信機と繋ぐのを、アリー達は心配そうにじっと見ていたが、雑音まじりの電子音がスピーカーから発せられるのを聞き、小さくどよめいた。

「応急でしかないから精度は足りないけど、今はこれが精一杯だ。すまない」

「いや、これでも当座は十分だ。ジウといったな。ありがとう、助かったよ」

 最初に見せた警戒ぎみの表情も幾分か和らいだ様子で、アリーが俺に向かって手を差し出す。

「何もない村だが、ゆっくりしていってくれ」

 握ったその手は分厚く、力強かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る