実は、日本人らしい作品?

ド迫力の長大作(あえてこう書く)となっている『Justice Breaker』。文字数五十万字超、話数はアラフォーハンドレッド(!)。ハイペースの連載頻度でここまで書き進められてきた本作は、もはや空想歴史大河ドラマと言って良い。作者は狼狽騒氏。煮えたぎるも燃え尽きることはない旺盛な執筆意欲で多くの読者を魅了する氏は、まさしくネット小説界の鉄人だ。“鬼畜デハナイデスヨ”が口癖である。ホントか?(笑)

“少年は【魔王】となり【正義】を破壊する”

狼狽氏が掲げたキャッチコピーだ。これだけ見ると痛快なアンチヒロイック的展開が予想されそうなものだが、本作に関しては敵方も結構な謀略家なので狡猾VS老獪といった印象構図でもある。主要な人物はしぼられているが、彼らひとりひとりに特性特徴特筆すべき点があり、作中における役割分担はわりと明確になっている。主人公サイドもそうだが、敵方をつとめるルード国の面々は大変にわかりやすい悪人ヅラ(老いてなお盛んな剣豪、マッドサイエンティスト、かませ犬)をしており、人生の先輩風をふかすこともしばしばだ(笑)。そして、お約束の“美形悪役”の存在もある。

若き美貌の陸軍元帥コンテニュー。兵たちから圧倒的な支持を受ける彼は軍におけるカリスマであり策士、復讐者であることから主人公クロードと同類かつ対になる立場として設定されていることは間違いない。本作はところどころに歴史モノやスペースオペラの影響が見られるが、印象深い美形悪役を輩出してきたロボットアニメのテンプレも踏襲している。その顕例として作中、彼の立ち位置はある。クロードと互角(以上)に戦うことができるという意味では“壁”の役割も果たす。

こういった美形悪役の存在は女性ファンの獲得にひと役買うのだと思う。金髪碧眼の青年元帥は冷酷非情な側面をもつ一方、人間らしさを残しているようで、ルード国キャラの中では常識的だ。“人の心なんかどこかに置いてきちゃったのよーん”とあっけらかんな自己紹介をしそうな科学局局長セイレン(マッドサイエンティスト)とは違う。奇天烈なキャラが主導権を握るルード国ではツッコミ役を担当しているが、そんなクールぶりはある意味、沈着な頼りがいすら感じさせる。本作の女性ファンもハンサムでかっこいいコンテニュー派が多いかもしれない(気のせい?)。

美形悪役というのは通常、主人公以上に複雑なバックボーンを背負っていることが多いが(これは悪役となった過程や主人公と対をなす行動に正当性をもうけるためである)、本作に関してはクロードもまた奇妙な人生を歩んできている。そのせいか対比される両者は堂々同等たる真のライバルともいえる。こういうところはむしろスポ根的か? ギラギラと目が燃え上がるような魔王VS美形悪役の対決は今後、連載史上最大の盛り上がりを見せてくれるはずだ。クロードが投げる魔球をコンテニューが打ち返す展開は今夏をいろどる熱戦となるに違いない。こんなところにもカクヨム甲子園がありました!

本作はクロード、コンテニュー以外にも魅力的なキャラクターが登場する群像劇としてのおもむきが強いが、これは長期連載の宿命、というよりハナッからの既定路線だったのだろう。人物たちは蜘蛛の巣のように設置された伏線の中で動き、物語はそれを回収しながら先へと進む。話数とファン数に比例した多くの応援コメントが寄せられているが、それらに対する“今後の伏線になっています”、“次に繋がります”、“鋭いですね”といった狼狽氏の返答を何度見たことか。ある程度の複雑化は承知の上でやってきたのだと思うが、現時点ではまとめの段階に入っている。氏の苦労はもう少し続きそうだ。

“Justice Breaker”とは、序盤は復讐者クロード個人をさしていた。現在ではそれを内包しながら正義の破壊者という組織名もあらわすが、一方で敵方たるルード国をもさし示すように思えるのは私だけだろうか? クロードらが掲げる“真実の正義”の対抗者としての彼らもまた“Justice Breaker”なのである、とすれば、群像形態を敷いたことは正解なのだろう。作品タイトルは主要登場人物全員が正史の当事者である、という狼狽氏の思いがこめられたものなのかもしれない。これはクロード以外にも強く焦点が当たる理由とも考えられる。

本作は各話ごとの字数がまちまちだ。長いときは平均的なネット小説一話分ほどの分量があるが、短い回は数行で終わる。これは毎回いいところで話を切るためらしい(狼狽氏いわく、ここは苦心している点とのことだ)が、視点を切りかえる目的もあるようだ。連載が長期にわたり群像色が強くなる中、多元の目線で情勢や展開をフィードバックする必要性にかられているからだと思われるが、それを実現するためかキャラクターたちの味付けは濃い目になっている。敵方視点の話も多く盛り込まれ、主人公クロードが不在となる時期も長いが、読者を飽きさせぬよう、レギュラー陣にも強い印象と深い業を背負わせている狼狽氏。鬼畜ジャアリマセンカ(笑)。

主人公サイドである“正義の破壊者”と敵方の“ルード国”。どちらが好きか、もしくはどちらに魅力を感じるか、と問われれば意見は分かれそうである。私などはルード側のキャラクターのほうが見ていて面白いと思うことも多い。リーダーのクロードをのぞけば青臭いヤツらが多い正義の破壊者に対し、ルード国は熟達した大人の集団だ。悪役であっても人格的には落ち着いている。正義の破壊者も次第に大所帯となり力をつけるが、それでもチャレンジャーという立場は変わらない。それに胸を貸す高い壁、というカッコよさがある。軍の最高責任者である総帥キングスレイ様(ご高齢)は波動“剣”でビルをぶった斬り、若者の前に立ちはだかる。まさに生涯現役! “小説を書くことがライフワーク”と語っていた鉄人狼狽氏の人生理想像は、もしやこのお方か?

そして本作の敵役にして“象徴”ともいえる存在がロボット兵器ジャスティス。なんとこれ、燃料を必要としない。破壊されたときにパイロットの命を対価とするトンデモ兵器なのだが、よくよく考えてみれば究極のエコでもある(怖)。どうやら搭乗者の魂を備蓄(?)できるらしく、ガス欠で動かなくなることはないようだ。人間に厳しく地球に優しい。こいつはCO2削減が取り沙汰される現代の環境事情改善に一役買いそうな気は……しないが、兵站いらずの夢兵器ではある。ちなみに音もしない。気づいたら背後に立っていた……なんてことがありそうなステルス性も持つ。

ジャスティスは基本的に敵方の乗り物であるが、主人公サイドである正義の破壊者も用いる。その征討を標榜しているにも関わらず、だ。コントロール資質を持つ者が自軍にいることもあるが、当然、戦力事情を考慮した結果でもある。またスリリングな駆け引き合戦、腹の探り合いで先を読ませる本作の登場人物たちの判断基準は権謀術数を上策とする。結果に至るまでの道徳的過程にはあまり重きを置いておらず、母の仇討ちというテーマを持ちながら儒教色が薄い。複雑に絡み合う糸をほぐすような理知的側面を持ちながら精神論を否定していない点も特徴的である。そういう意味では“毒をもって毒を制す”、“結果オーライ”、“やれば出来る”を美徳としてきた日本人らしい作品ともいえると思うのだがどうだろう?

“ジャスティスを破壊する”というのが主人公クロードのモットーである。彼は開戦するにあたり、周囲に対しそのようにハッパをかけるのだが、これは“ルード国を倒す”と同義と考えていいのだと思う。なぜストレートに他国に侵攻する、と言わないのかというと、戦争をおこなう上での大義名分を必要としたのだろう。もちろん人間としての彼は母を殺した兵器ジャスティスそのものを恨んでいるわけだが、政治戦略家もしくは指導者である以上、標的を国家(人間)ではないものに置換しなければならなかったのだ。これは冷徹な策士であるクロードと思想や人間性が純粋な一般兵士たちの間にある意識差、倫理差をカムフラージュする目的があったのだと思う。偉い人が“一国潰しちゃおう”とは言わないのだ。

ちなみに、戦闘シーンにも力が入っている。メカ戦、肉弾戦、舌戦(笑)と、どれも渾身の出来栄えだが、氏は『空戦』の章を特に推しているようだ。たしかに当該章は立体感があり、迫力のバトルが見られる。私は“ここ書くのに苦労したでしょ?”と意地悪な質問をぶちカマしてみたが“全然そんなことはないッすよ”と一蹴された。すげー! 狼狽さん、あんたやっぱり鉄人だわ。

本作は基本的に第三勢力の介入を排除している。正義の破壊者VSルード国というシンプルな対立構造は終始変わらない。もうひとつの大国としてウルジスの存在があるが、物語展開的には後見国家となり、主人公サイドに吸収されていくため、結局はサシの勝負が繰り広げられる。複雑怪奇な本作を分析する上で唯一の“単純点”ともいえるが、狼狽氏は展開の大局よりも小局のほうに注力しているのかもしれない。一度の戦争で数度も視点を大胆に変える手法からそう思えたのだがどうか? そういう意味では小説家としての狼狽氏は戦略家ではなく戦術家だ。巧みに駒(キャラクター)を動かし、話を詰めていく。こういった繊細かつ大胆なストーリー展開術は今後の氏の作品でも見られることだろう。

最後に、とっても感心したことがある! それは本作に応援コメントを寄せている読者たちの勘の鋭さだ。みなさん先の展開を言い当てるのが得意なんですね。あんたらエスパーか?(笑)

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