最終話「あなたを探します」
桜の花びらが開き始めた頃、蒼太たち三年生の卒業式が行われた。
式を終えた卒業生たちは、最後の高校生活を噛み締めるように、それぞれの時間を過ごしていた。
「美琴先輩~~!」
涙を浮かべた山口が、筒を持った美琴に抱き着く。
「明日から美琴先輩がいないなんて寂しすぎます~!!それに……これからは誰が会長を止めてくれるんですかー!」
しがみつく山口が必死に訴えた。
「これからは、佐倉さんが生徒会を支えてくれるから大丈夫よ」
山口の頭を優しく撫でながら、美琴がにこりと微笑んだ。
「佐倉さんにあんまり迷惑かけるなよ~」
「……フォローするのが副会長の役割でしょう?」
何食わぬ顔を浮かべる湊斗に、渡辺は頭を抱えながらため息をついた。
そんな二人の様子を見ていた佐倉が、くすりと笑った。
すると、その隣に美琴がそっと近付く。
「会長って、実は話しかけられるの好きなのよ」
「えっ!」
美琴が小声で耳打ちすると、佐倉が思わず声をあげた。
「意外でしょ?面倒そうな顔するくせに内心は嬉しいみたい」
湊斗と渡辺――
兄弟のように軽口を言い合う二人を見つめながら、美琴が微笑む。
「だから、色々話しかけてあげてね」
目を丸くして話を聞いていた佐倉。
ぱちぱちと瞬きをした後、美琴ににこりと笑顔を返した。
窓から入る心地良い風。
春の空気を感じながら、そっと目を閉じる。
大好きだったこの場所とも、今日でお別れだ。
蒼太は部室の椅子でひとり、そっと息を吐いた。
ガラガラ――
ドアがゆっくりと開かれる。
「やぁ、美月ちゃん」
蒼太がにこりと微笑むと、美月も小さく微笑みを浮かべた。
「やっぱり、そこにいたんですね」
「うん……ここは、お気に入りの場所なんだ」
椅子に腰掛けながら、窓の外を眺める。
高校生活で一番印象深いのは、この場所だった。
もう、1年近く前になる。
いつものようにひとり読書をしていた時、遠慮がちにドアをノックする音が聞こえてきた。
ドアの隙間からチラリと覗く顔は、こわばりながらもキラキラと瞳を輝かせていた。
「あ、あの……!こちらが、探偵部ですか……?」
あの日、この部屋に尋ねてきた君の顔は、今でも鮮明に思い出せる。
「……ついに、この日が来てしまいましたね」
そっと机を撫でながら、美月がつぶやいた。
「そうだね。今日で最後なんて、まだ実感がわかないな~」
蒼太はぐっと背筋を伸ばしながら、息を大きく吐き出した。
「もうすぐ上京されるんですよね……?」
「うん、週末には引っ越すよ」
思い出の詰まったこの場所から離れた生活が、もうすぐ始まろうとしている。
「中々、会えなくなってしまいますね」
「そうだね……」
蒼太は、そう一言つぶやくと、言葉を呑み込んだ。
二人の間に少しの沈黙が流れる。
窓の外からは、生徒たちの楽し気な笑い声が聞こえてきた。
「部長は……将来のこと、もう決めてますか?」
話題を変えるように、美月が口を開いた。
「う~ん……やりたいことはあるんだ」
その言葉に、美月はじっと蒼太の方を見つめた。
「世界を旅して、色んなものを見て回りながら……本を書きたいんだ」
「本を?」
蒼太が小さく頷く。
「本ってさ、その数だけ、その世界を味わうことができるじゃない?読むたびに新しいことに出会える。それが本当に楽しくて……やっぱり好きだなって思って」
自分の知らないことが、知らない世界が、この世にはまだまだたくさんある。
それって、なんて面白いんだろう――
「僕ももっと、世界を広げてみたいんだ」
蒼太は空を見つめながら、少年のように瞳を輝かせた。
「すごく、素敵ですね」
美月が微笑みを浮かべる。
しかし、その瞳の奥には、少しだけ影が差し込んでいた。
「色んなことを学べたら、推理小説を書きたいんだ。それで小説家になって……探偵の仕事もまたやってみたいな~」
蒼太が「小説の主人公みたいでかっこいいと思わない?」と付け加えると、美月はふっと笑みをこぼした。
「美月ちゃんは……まだ早いかもだけど、夢はある?」
蒼太の言葉に、美月の体がぴたりと止まる。
「そう……ですね。探偵部の活動をしていて、もっと人の心に寄り添えたらなって思ったんです」
蒼太がじっと美月を見つめる。
「事件の裏には色んな人の思いがあって……誰か話せる人がいたら、起こらなかった事件もあったと思うんです。だから、その話せる相手になれないかなって」
美月も、まっすぐ蒼太を見つめ返した。
「……心理カウンセラーの仕事に、興味があるんです」
蒼太は目を丸くした。
事件を一緒に追ってきた中で、
彼女はいつも、人の心に目を向けていた。
「美月ちゃんらしくて、素敵だね」
蒼太が、優しく微笑みを浮かべた。
「まだ、決めてるわけじゃないんですけどね」
少し恥ずかしそうにしながら、美月がはにかむ。
「……推理小説家と心理カウンセラーのコンビで、探偵やったら楽しそうじゃない?」
蒼太の言葉に、美月の顔がぴたりと固まった。
「あ……いや、まだ確定してる夢でもないし、言ってみただけだよ」
蒼太が頭を軽く掻きながらつぶやくと、固まっていた美月の口元がそっと吊り上がった。
「私……部長がどこにいても、探してみせます」
「えっ?」
ぼそりとつぶやく美月に、蒼太が声を漏らす。
美月は無言で蒼太が座る席の前へと近付き、机に両手を置きながら身を乗り出した。
「絶対、部長のこと見つけますから!!」
そう叫ぶと、蒼太を置いてけぼりに美月は部室のドアへと走った。
ドアに手を掛け、美月が満面の笑みで振り向く。
「……部長との探偵部、本当に大好きでした!」
そう言い残すと、美月は部室の外へと駆け出した。
部室に残された蒼太は、ドアを見つめたまま動けずにいた。
やがて、ふっと小さな笑みをこぼす。
「……僕もだよ。ありがとう、美月ちゃん」
窓からふわりと舞い込む風が、蒼太の髪をそっと揺らした。
10年後――
「ロンドンは、やっぱり雨が多いな~」
ロンドン中心部にある公園で、蒼太は手帳とペンを持ちながら、ベンチでひとり身を縮めていた。
“Days wrapped in grey skies and cold mist weigh heavily even on the heart.”
(灰色の空と冷たい霧に包まれる日々は、心まで鬱々としてしまう――)
凍える指でさらりと手帳に書き記す。
静かに降る小雨の中で、かすかに芝生を踏む音が近づいてくるのを感じた。
“But.”
(しかし)
その足音は、蒼太の背後で突然止まった。
「I have been searching for you, Holmes.」
(探しましたよ、ホームズ)
知っている声に、ペンを持つ手がぴたりと止まる。
蒼太はゆっくり振り返ると、穏やかな微笑みを浮かべた。
「……Ah, my dear Watson.」
(やぁ、ワトソンくん)
“Wherever your dear smile is, the skies clear in an instant.”
(愛しい君の笑顔があれば、そこはたちまち晴れになる――)
** 「放課後は探偵部へ!ーシャーロック先輩とワトソンちゃんー」完 **
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最後までご愛読いただき、本当にありがとうございました!
放課後は探偵部へ!ーシャーロック先輩とワトソンちゃんー 小雨☂ @ksm0811
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