四、恨み石






―― “かがし” の重さは、 “かがし” のまつの言葉なんじゃ。


―― 悔しい、悲しい、情けない、恨めしい。と言うとるんじゃろ。

   夜がおりてくる前に、村へいっしょに帰してくれえ、て泣いとるんじゃ。




 ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ……。

 ババァの、いや、こりゃばばぁのほうのババァな。とにかく記憶に浮かんできたあの妖怪じみた笑い声が、氷の柱みたいになって、背筋からケツをぶち抜いたかっていう気がした。




―― “かがし” だ。

“かがし” にされたゆういちろうが、すぐ後ろから投げた石だ。


 あんな風に、莫迦でっけえテルテル坊主か、首落とされて吊るされた鶏みてぇな、腐ったかたまりになって、どうやって投げてやがるのか知らんけど。

 あの、いやに愛想のねぇ、いや、殺意すらこもった石の飛び方は、生きてた時の幽一郎が子供みるたび投げつけて来やがった石の、あの飛び方に間違いなかった。




―― 悔しい、悲しい、情けないぃ、恨めしいぃぃぃ。

―― 夜がおりてくる前に、村へいっしょに帰してくれえぇぇぇ。




 生きてた頃は、犬がうなるみてぇな声しか聞いたことないあいつの声が、耳に響いてきた気がした。


―― あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!


 叫んだのは、誰だったか。

 幽一郎が後ろからそう吠えてきた気もしたし、俺が叫んだような気もした……。




 ……いや、違った。


 聞こえて来たんだ。


 前の方から、ずうっと村へと続いて茂るススキの原から。あんにいか。たくなのか。それともくらじいの声なのか。

 誰なのかもわかんねぇけど、とにかくでっかい声が、いや、悲鳴が聞こえて来てるんだ。


―― くそがっ! “かがし” 下げの夕方に、何でこんなことになるんだよっ!

―― それとも、幽一郎、あいつか。道づれを増やそうとでも考えて、良くねぇもんを呼び寄せたのか。




―― ひゅんっ。


 また後ろから石が、こんどは左の耳をかすめて飛んでった。


 走った。

 もう考えてるヒマぁねぇ。とにかく前にむかって走りゃあ、村へ近づけるってだけまだマシなんだ。

 行く手に何が待ってようと。




 走りながら、目玉がつぶれそうなくらいに目をぎゅっと閉じてても、行く先にある夕暮れのススキの原で、ススキのなかを泳ぐように、俺らに笑いころげるみてぇに、踊り狂ってるガイコツが、その腐れた笑い顔がまぶたに浮かぶみてぇだった。




《了》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

“かがし” 下げの夕暮れ 武江成緒 @kamorun2018

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ