武江成緒さんのことを、わたしは「無冠の帝王」と呼んでいる。※受賞歴はお持ちである。
浮世の栄誉なるものに縁はなくとも、我ここに在りと燦然たる存在感を放っている書き手さんだ。
その作風はホラーではなく『怪奇』と呼ぶのが相応しい。摩訶不思議や、あやかしではなく、怪奇。
巧い人間など掃いて捨てるほどいる。
その中にあっても、砂利の中に混じった黒い金剛石のような方なのだ。
積み重ねてきた想像力から一滴一滴と摘出される黒い文章。
そこには奇妙な魚が、幾重にも沈殿した泥の奥から硬い鱗をぎらつかせてこちらを見ており、退化したその薄灰色の眼玉で不意にぬっと威かしてくる。
もやもやと立ち昇る緑青色の沼の泥。
大仰に激賞するのはわたしのレビュースタイルなのでご容赦いただくとして、古今東西の怪奇小説に親しんできた者は武江さんの作品を読めば、図書館や古書店の隅でほとんど手をつける者もいないまま整然と並んで放置されていた暗い全集の、年月に焼けた、埃くさい匂いをかぐだろう。生まれつき、選ばれたかのようにあの陰気さに引き寄せられる者というのがいて、武江さんもその一人なのだ。
おいで、おいで。
そう、あんただよ。
呼ばれているのである。
海原に漕ぎ出した者に待っていたのは無残な挫折。冥府にまで口を開いた絶望の穴。
わたしはここに、ついに認められることなく消えていくばかりの、あまたの書き手の姿を重ね合わせる。
骸骨の踊りは我らの踊り。
幾つもの元号を見送り、日本の消滅を見届けながら、叢の中から虫の聲ばかりを月に向かって虚しく上げている。
太陽に向かって迷いなく歩いていける明るき人々に背を向けて、我らは奇怪な踊りをおどる。
それは生まれ落ちた時から定められた運命のようなのだ。
せめてもの矜持とばかりに装丁ばかりがやたらと凝ったあれらの古書の背表紙に、噛んだ爪の並んだ小さな手をかけたその日から、招かれた者はこの運命を甘受する。こうなることは分かっていたと自嘲する。
おいで、おいで。