三、“かがし” 下げ




「―― なあ、くらじい。ほんとにこれで終わったんか。 “かがし” 下げは」

「ああ、そうじゃ」

「……これで、今年の盆がむかえられるんか」

「ああ、そうじゃ。はずれもんやらあやしゅうやら。みんな “かがし” の臭いにつられて、こっちの方へ行きよるわ。

 しょうらい様だけが、ちゃんと村へ来られるんぞ」




 俺はくわしい話は知らんが、まあそういうことらしい。

 この地区のあたりは、そう、あのススキの原の怪異死みたいに、得体の知れん妖怪変化魑魅魍魎 ―― “外れもん” やら “綾衆” やら ―― くわしいことはよく知らんけど、とにかくそんなもんが多い。

 とくに盆のころになると、先祖の霊にささげる供え物を目当てに、あるいは家々の隙をついて、そんなもんが村のなかにまで入ってくる。

 出入りの辻の神さんのお祀りをしても、どんなに隙間なくお札はって回っても、先祖の霊だけを通して良くないもんだけ防ぎきるのは無理らしい。


 だから、盆に入るまえに、こうして “かがし” 下げをする。

 盆前に死んだやつのうちで、いちばん新しいやつの体を、地区の若いもんらで運んで、はずれに立ってる “かがし” 柱にぶら下げて。

 良くないもんが、その腐る臭いを嗅ぎつけてこっちへ集まってくるあいだに、盆を済ませて、村の辻やらさかいの封じをやり直して。

 そんなことを、ずっと昔から続けてきたって言われてるし、実際、いまもこうして続けてる。




「それにしても……なんで今年はこうなんじゃ。

 去年の “かがし” は、塩漬けにして、薬もつこうて、なんじゃ香料までつこうて、水気も脂もすっかり抜けて、ええ匂いで軽かったちゅう話じゃに。

 なんでゆう……今年の “かがし” は、こんななまのままなんじゃ」


 おかげでこっちはいい迷惑だわ。


「あほ。人のの腐れる臭いを嗅がしてこその “かがし” じゃろがい。

 去年は盆の前に最後に死んだんが、大寒のころに死んだこんどうのババァじゃったからな。盆まで腐らせんように、えらいひま、金もかけさせてくれたもんじゃ、あのババァ」


 ぺっ、と地べたに吐き出された冥じいのツバは、かみまきよいぐさを噛んでたせいか、それとも草を噛み続けすぎて口んなかがボロボロになっとるのか。

 とにかく、どぎつい真っ赤だった。




「おかげで去年の “かがし” の出来は最悪じゃ。

 まいばらの家は一人のこらず退化かえびょう猿人さるになりよって、わしの店まで荒らしよった。

 しゅんすけときたらいっさまに憑かれて、向こうさんげん両隣を丸呑みにする始末じゃ」


 このジジイ、思いだしたくもないことを丁寧に思いださせやがって。また背筋がぞわってざわめく。

 こんな、ゆういちろうの死骸みてぇに腐った化け物だらけのこんな村も、去年の大騒ぎにくらべたら、普段のほうがそりゃまだマシだ。




 そんなふうに思い返したせいなのか。

 鼻の奥から胸の中までが、うっ、とする気色の悪さに襲われて、おもわずその場に、冥じいの吐いて棄てたツバの上に、ゲロを吐き出しそうになった。

 腐りきった幽一郎の死骸がぶらぶらぶら下がって、ゆらゆら揺れてる場所だってのを、今さらになって思いだしたんだ。


「ええい、まったくひどい臭いじゃ。

  “かがし” 下げが終わったんじゃ。もうこんなところにおれるかい」


 そう言い捨てて、冥じいは村への道を走りだした。

 ゆらゆらと、頼りない影みたいに、やみにいがその後を追って。

 たくがひぃひぃ泣きながら追いかけていく。




 そんな夕暮れの影法師みたいな三人の後ろ姿を見てやっと、俺ひとりが取り残された形になってることを思い出し、あわてて俺も走りだした。


 ああ、そうだ。

 はやいとこ家に帰るんだ。いや、村へ戻ったらまず、集会所のテントで一晩、忌み落としがあるが、明日の朝になったら家へもどれるんだ。冷凍庫にしまってあるブラッドベリー味のアイス。帰ったらもう速攻で食おう。ババァ、ああ、おんの方な、あいつがどう言おうが知るか。でも心配だな。ジジィ、これはおんの方だが、あいつあんな信楽焼の狸が崩れたようなつらして甘党だからな。俺のアイスに手ぇつけててみろ。もう食い物の恨みなんてもんじゃあ済まねぇからな。頭ブチ割って塩漬けにして、来年の盆の “かがし” にしてや ――。





 そこまで考えが走ったとき。




―― ひゅんっ。





 真後ろから、いきなり石ころが飛んできて。

 俺の右肩をかすめて、草むらの中へ消えていった。


 どこかで見た。

 たしかに見覚えある石の飛び方、いや、投げ方だった。

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