二、首づるし
“かがし” 柱のその根元で、 “かがし” の包みをほどきにかかった。
ビニールシートを包んでるロープをほどきにかかったが、アホみてぇに固くむすんであって、汗でびしょびしょの指じゃなかなかほどけねぇし。
ひょっとしてこれ、汗じゃなくって、シートの中から腐った汁がもれ出ててきてるヤツなんじゃねえか。
そう思うと、背筋がぞくっとざわめいた。
「なあ、
「いかん、いかん。知っとるじゃろが。 “かがし” に刃物むけるんは、忌みごとになっとるんじゃ」
ええじゃろが。ハサミくらい。
そんな言葉は口に出すのは無理だった。
怒鳴られるのがイヤだったわけじゃなくって。
ほんとに “かがし” にハサミをむけて、万が一にも恨みを買って。
追いかけてこられでもしたら……そりゃもう考えたくもなかった。
やっとロープをほどいたときは、もう両手がグショグショで、シートの中からもうあふれ出てる臭いとおなじ、刺激臭って言ったほうがいいようなヤツがしみついてて。
蚊はほとんど来なくなったが、
手ぇ洗っていいか、って聞きたかったけど、あたりに水場なんてありゃしねえし、出がけに集会所でもらった古い手ぬぐいでふいただけじゃ何の意味もない気がして、あきらめた。
こうなったら、もう早よう終わらせる。
なんだか覚悟みたいなもんが湧いてきて、俺は思っきし、ビニールシートをはいで行った。
これまでと比べもんにならんきつい臭いが、鼻はもちろん、口にも、目にも、耳にまで、いや体じゅうをひりひりさせて
―― “かがし” 言うんはね、“
俺が今年の “かがし” 下げに選ばれたとき、ババァ ――
―― 嫌じゃわ。あんた、ちゃんと忌み落としで、ぜんぶ落として帰って来てよ。
―― “かがし” の臭いなんぞ持ってかえってきたら、ぜったい家には入れんからね。
畜生が。
あのババァも絶対に、将来、くたばった日が盆の前だったら、ぜひ “かがし” にって
そう思っても、さっき “かがし” を運びながらババァ ―― これは婆ぁのほう ―― を呪ったときのようなファイトは湧いてこんかった。
蒸し暑さと、疲れたんと、この臭いと、おまけに “かがし” 下げの怖ろしさで、もう神経がめっちゃくちゃに打ちのめされてるみたいだった。
そんなこっちの苦労も知らず、当の “かがし” は、シートのうえで汗がわりに汁 ―― 腐汁、ってやつなんかな、それをだらだら流しながら、見るからに汚ねぇ土色のフルチン姿をさらけ出し、パンツやシャツの代わりのつもりか、蠅と、
「……くそっ、このっ!
生きてるあいだはええ歳して何も働かん
「やめぇ、
闇兄にそう言われても、よりによってこんな村の厄介
ムダ飯くらって太った体を、しかも腐りかけた死体を、こんな真夏にひいひい言って村はずれまで運ばされて。
情けなさに涙が出るのは初めてで、その初めての原因がこの幽一郎だって言うんがさらに情けなくなって。
「ほれ、早ようせい! もう腐りかけとるわ。早よ、 “かがし” を柱に下げい!」
そんな冥じいの怒鳴り声が、逆にありがたいくらいだった。
あとはもう、いちいち覚えてたくもない。
たかる蠅を追っ払いながら、 “かがし” 柱の横木から鉄の首輪がついた鎖をひっぱって来て。
闇兄が、幽一郎の足をつかんで押さえたら、俺は頭を ―― 生きてるときよりブヨブヨして、さらにえげつない顔になった頭を ―― さすがに素手で触りたくはなかったから、出がけにもらった古いきたない軍手をはめて引っぱって。
ヌッ、って、思ったよりも首がのびたのにギョッとして。
―― ああ、これ、もう体の組織がほんとに腐りかけてるんだろな。
―― こんな首に鉄の輪はめて柱の上まで引っぱりあげて……千切れでもしたら、この役目はぜんぶ台無しか。
そう思ったら、そんな心配とつらいのとが、一周まわってムカムカしてきて。
「ほれ、拓夜! 首輪はめるんはお前の役目じゃ! ちっとは男を見せてみぃ!」
こんなふざけた汚い仕事で男なんか見せられるわけもないけど、俺ももうヤケクソだった。
拓夜は怖いか、気持ち悪いか、さっきの俺とおんなじように情けなくなったのか、もうボロボロ泣きながら幽一郎の首に鉄の首輪をはめた。
「ほぉーえ、行くぞぉー! “かがし” 下げじゃあ!」
なんだか知らんが、やたらめったら気合はいった冥じいのかけ声で、三人ともが鎖をにぎった手に残った力をこめる。
手入れなんぞろくにしてない、もう錆びかけた鎖をがりがり引っぱると、井戸の
「おーし、これで “かがし” 下げは終わりじゃあ!」
鎖の
拓夜はわあわあ大泣きし出して、闇兄は、どさりと地面に座りこんで。
俺はただ、このろくでもない役目がやっと終わったという実感がないままに、ただじっと立ち尽くしていた。
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