空席の記憶 ─わたしを忘れた世界で─

教室には、空席がひとつある。
誰が座っていたのか、誰も思い出せない。教師も、クラスメイトも、名簿も――すべてがその存在を否定する。

だが、美咲だけは忘れていなかった。
彼の名前も、笑い声も、描きかけのノートも、たしかにここに“いた”記憶がある。

しかしAIが管理するこの学校では、「記録されていないものは、存在しなかったことになる」。
顔認識システム、出席ログ、記憶クラウド……全てのデータが、田中という少年を“削除済み”と示す。

彼を探し始めたその日から、美咲自身の記録も歪みはじめた。
写らない写真、聞こえない声、反応しない家族。そして、もう一人の自分が座る空席。

これは、忘れられた少年と、消えかける少女が交差する、“存在と記憶”の物語。
あなたが今、誰かを覚えている限り――その人は、まだここにいる。