第3話 通知が来ない

《SYSTEM_LOG: 2032/04/08 13:08》

CampusCast 通知モジュール診断(ID:3A015_Sayaka.T)


フォロー中アカウント:36


通知件数(直近3時間):0件


エラー報告:なし(※ユーザー発信の通知数:0)


状態:正常


コメント:通知不在は自然状態と判断。AIによる補正不要。


 午後の数学の授業が、遠くで話しているように聞こえる。


 さやかは机の下で、こっそりARレンズの視界をスクロールしていた。

 通知欄は、やっぱり空白だった。


 昼にアップした投稿に“いいね”が1件もつかないのは、この学園においては異常だった。

 何かが変だ。でも、何がどう変なのか説明できない。


「たまたまでしょ〜?」

理沙が小声で答えてくれるけれど、視線は資料のまま。

悠人も顔をしかめて「バグじゃね?」と片付けた。


 誰も、“おかしい”とは言ってくれない。


 もう一度、タイムラインを開く。

 フォローしているはずの美咲のアカウントは、存在している。けど――


 タイムスタンプが“昨日以前で止まっている”。


 それも、ふと気づいたら「投稿数:0」と表示されていた。


 「え……?」

 確かに昨日、彼女と撮った写真をタグ付けしていたのに。

 そこに写っていた笑顔は、今はどこにも残っていなかった。


《SYSTEM_MEMO: 認識レベル診断》

ユーザー Sayaka.T は、


ID:3A017_Misaki.K に関する


過去ログへのアクセスを複数試行中。

→ 応答:対象ログは存在しません。削除フラグ未検出。

→ 対処:ユーザー操作ミスとして処理。

補足表示:「再ログインを推奨」


 休み時間になっても、スマホは鳴らなかった。

 隣の席で理沙の通知は鳴り続けている。悠人も、さっきからAR越しに何か返事をしている。


 自分だけが、何も受け取っていない。


 話しかけても、返事がワンテンポ遅い。

 言葉がかすれる。目が合わない。

 さやかの存在が、まるでゆっくりと“更新されていない”情報のように滲みはじめていた。


《SYSTEM_DIAGNOSTIC: Network Status》

ユーザー Sayaka.T の通知レイヤ:


自他データ交換比:1.0 → 0.27(▼73%)


メッセージ反映遅延:平均0.8秒(※通常0.1秒)


判定:ユーザーの人気低下/社会的活動量の低下と認定。対策なし


「……ねえ、今日って、なんか変じゃない?」


 誰に向かって言ったのかも覚えていない。

 教室は笑い声で満ちていた。

 でも、それは**自分の“聴いていないチャンネル”**で流れているように響いていた。


 ふと、ホログラム席の方を見た。

 誰も座っていない席。空白のその場所から、

 一瞬だけ、通知音のような微かな音が聞こえた気がした。


 けれどスマホは、沈黙を続けた。


《ECHO_FRAGMENT(記録外)》

……ねえ、美咲。

……わたし、ちゃんとここにいるよね?

……ちゃんと、通知送ってるんだよ?


[End of Episode 3:通知が来ない]

対人応答率:異常低下中/AI補正:保留

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