この作品は、AIを取り入れた作品のうち、私が拝読した中で格別に思っています。
多感な高校生、その自分の中の人工知能を隠し、意識する毎日。
自分とAIとの境界線で、これは自分なのかと苦悶する柚葉ちゃんは、とても人間らしくて読みながら心を揺さぶられました。
演劇を通じて、彼女自身を開放する・・・とても崇高なプロセスだと思います。
昨今のAIブームには辟易するものがあるが、今後も加速されてゆくのだろうと思います。
でも、この物語の柚葉ちゃんが感じた気持ち、千早くんや紗良ちゃんが支えて見守った気持ちを、忘れないでほしいです。
人の心は、なにものにも代えがたくて尊いものなのだから。
幼い頃、事故により意識不明の重体に陥った鈴宮柚葉は、大半が機能停止した脳に人工知能チップを埋め込むことで一命を取りとめた。
成長し、高校2年生となった柚葉。
特に勉強しなくても成績はトップだが、その知識量とは裏腹に国語の文章問題は苦手だ。ハッキリとした答えのない問題はとくに分かりづらい。
柚葉は悩む。自分はやはり、人工知能によって動いているのではないか……。
先生の勧めで本を読むことにした柚葉は図書館に向かう。そこで、演劇の脚本を書いていた千早拓哉と出会ったことがきっかけで、演劇部の舞台を見に行くに。
その舞台で演じられた世界や久遠紗良の演技に感動し、心が動くのを感じた柚葉は、その感覚に導かれるように演劇部への入部を決意したのであった。
本当の自分とは何なのか……このような悩みを抱いた方々には、主人公・鈴宮柚葉の苦悩にきっと共感されることと思います。
そういう点では、本作は普遍的な青春物語だと言えます。
しかし、人工知能か「私」か、という二択は極めてSF的な問題であります。
SFの文脈ではP・K・ディック的なスリラー向きで描かれやすいテーマですが、ド直球な青春物語として瑞々しいタッチで描き切っているところに、本作でしか味わえない唯一無二の世界観を感じました!
そして、本作を通して、人工知能のように膨大データとそこから割り出される予測を通して生きていく「私」ではなく、新しい何かと出会い、感動して心をふるわせる「私」を選ぶこと……人生にとって大切な選択を教えていただきました!
主人公の柚葉は幼い頃に事故に遭い、生命維持のために脳内にAIを埋め込まれ一命を取り留める。現在、高校二年生の彼女はこの過去を誰にも言えない秘密にしながらも、脚本担当の千早と出会い演劇部に入るところから物語は動き出す。
特筆すべきは演劇という舞台装置を彼女の心の写し身として効果的に表現している点だ。言葉では表せない心の底が千早が織り成すセリフとして、彼女が主役を演じ、柚葉自身そのものが劇中ドラマティックに展開されていくのだ。
また興味深いのは、自分のアイデンティティーがゆらぎ、いま抱いている気持ちにさえ、懐疑的となってしまう精神面だ。
この気持ちはAIによってもたらされたものなのか?
読者の想像に委ねる部分はあるものの、高い感情描写と彼女を取り巻く人物相関とが引き立てる構成美には思わず舌を巻く。
人を好きになる純粋な気持ちにさえも、自分の気持ちにどこか素直になれなくて、自分自身と向き合うこともままならない。いつまでも自分の気持ちに嘘をついて生きていかなければならないのか。そう思うだけで胸が強く締め付けられ、思わず柚葉に感情移入してしまう。
心を通わせる部員たちと分かち合うそれぞれの思い。かけがえのない存在となって繋がれていく展開から柚葉は主役に抜擢される。
しかし、文化祭での発表を控える中、彼女の脳内AIの秘密が公になる瞬間がついに来てしまう。
彼女を取り巻く環境の変化が出口のない恐怖として実にリアルな体感として襲ってくる。
見えない視線、核心をつかれる質問、仕舞いには息も止まるほどの切迫感に身を切られる痛みを感じるかも知れない。
柚葉は独り部屋に篭り、涙に暮れ、思い悩む。
すべて消えてなくなってしまえばいいのに、と――
悲嘆に暮れるも、彼女を救ったのは仲間の心と言葉だった。まだ間に合う。気持ちを改め、直前の稽古に打ち込む姿が健気で尊い。
そして発表当日。
タイトルに注目すれば過去形だが、柚葉は演劇を通じて本番の舞台中に過去の自分から本当の今の『私』を解き放つのだ。
ありのままの私――
私が私である理由がこの舞台にはある。
この刹那は一瞬でありながら永遠を思わせる、実に映像的で繊細な描写に心打たれる。
彼女の気持ちの変化から大きな心の成長を感じる感情移入必至の学園ストーリー。
この感動は何物にも変え難い経験となるだろう。
頭に人工知能が埋め込まれている主人公が、そのことを誰にも打ち明けられず悶々とした日々を過ごしていることろから物語は始まります。
皆と一緒に日常を過ごしたいと願っている女子高生が、演劇に出会い、日常とは違う何かを演じていく感じのストーリーでしょうか。
作中では、主人公が演劇を通じて、太陽の光を浴びているかのごとくキラキラと輝き始め、いつもと違う香りや音の中で五感が刺激されているさまが描かれています。
青春の要素も強く、きっと幸せホルモンが出ているのでしょう。
不安定だった精神が安定していくような感じです。
演劇って見えない力があるのでしょうか。日常から離れた自分になり、その自分とじっくり対話をしていくような…。
読んでいてグッとくる作品です。
是非、一読してみてください。
静かな春の午後、少女はただ、普通でありたかった。
頭の半分に埋め込まれた人工知能。
事故で損傷した脳の代わりに、生き延びるために選ばれた技術。
けれど彼女は、自分の感情が「自分のものなのか」、ずっと確信が持てない。
勉強はできる。でも、それが私の力なのかはわからない。
友達と笑い合っていても、その笑顔が心からのものなのかが曖昧だ。
誰にも言えない。言えば、きっと世界が変わってしまうから。
そうして毎日を過ごす彼女の心に、ある日、小さな火が灯る。
演劇部の台本。
「ふつうじゃないかもしれない。でも、これが、わたしなんだ」
その言葉に、胸が震えた。
舞台の上で本物の母親のように泣いたあの少女。
優しく、まっすぐな瞳で物語を語った少年。
彼らの表現が、少女の閉じかけていた心を静かに叩く。
自分の感じるということに不安を抱える少女が、
それでも一歩、何かに近づいていこうとする物語。
これは、「普通」の定義が揺らぐ時代に生きるすべての人へ贈る、
AIと人間の境界を問う、繊細で痛切な青春の記録。