第26話 まち子の理想は
「で、話なんだけど」
「あんたを副部長にするっていうんだよね?」
と言う。
りゆ先輩がその話に乗っている、ということはわかっているらしい。
何をいきなり、とか指摘するのはやめて、千鶴は答える。
「早智枝は、そのつもりらしいね」
断るつもりだけど。でも、それを言うのはあとにとっておく。
まち子が続ける。
「で、大鹿早智枝なんかが部長になったら、どうなると思う?」
千鶴は軽く笑って見せた。
「すごくふきげんな部長で、ま、コミュニケーション不足の部になるだろうね」
「じゃ、わたしが部長だったら?」
そうきいた郡頭まち子は、油断なく、千鶴を見ている。
「まち子が部長になったら、副部長は
「ダメだよ、あんなの」
またぁ……!
りゆ先輩とまち子も嫌い合っているようだし。
どうしてそう嫌い合う?
「じゃ、どうするの?」
まち子は顔を上げた。
「あんた以外のいまの二年はみんな失格。だから、消去法で、あんたが残るわけよ」
はぁ?
面と向かって「消去法で」なんて言うのがまち子らしい。
ほんとうは選びたくないけど、ほかがぜんぶダメなのでしかたなしに選ぶ。
それが「消去法」のはず。
失礼なやつ。
「だれが部長でも副部長になるつもりはないよ」
はっきり伝える。
「早智枝にも呼ばれてるけど、そう答える」
「だから、あんたが断ってもそうなるんだって」
そのまち子の頬に、微笑しているような線が現れた。
「ねえ」
と前置きして、まち子は、言う。
「いまのフライングバーズ、レベルが低いと思わない?」
罠かも知れないととっさに思う。
でも、ここで「思わないよ」と答える選択肢はない。
「低いと思ってるよ」
千鶴は答える。
「でも、レベルって、そうかんたんに上がるものじゃないよ」
もちろん「下げるほうはかんたんだけど」は言わない。ほんとはそれが言いたいのだけど。
まち子はまた不景気に黙った。それに乗じて、千鶴が言う。
「聖ジャネット学院でのまち子ちゃんの映ってる動画、見たよ」
「だったらわかるでしょ!」
まち子は身を乗り出してきた。
「わたしが、どんなフライングバーズを作りたいか」
まち子の声は艶を帯びている。
「それがいっしょにできるのは、あんただけ、ってこと」
冗談じゃない、と思うけど。
もちろん、そうは言わず、
「でも、だったらさ」
と、千鶴は要点を言うことにした。
「部長になる、っていうのは違わない?」
「えっ?」
興が乗ってきていたまち子の表情がそこで固まる。
千鶴は、まち子が固まったのには気づかないように、熱をこめて続ける。
「いや、部長でもいいんだ。でも、ドラムメジャーじゃないでしょ? まち子ちゃんがやるべきなのは」
まち子は答えない。
部長とドラムメジャー、つまりマーチングのリーダーを兼任するのがフライングバーズでは普通になっているが、兼任しなければいけないというものでもない。
部長は自分のパートで演技して、ドラムメジャーを別に置いてもいいのだ。
千鶴は、ゆっくりと、ことばを一つずつ、伝える。
「マーチングの順番は、ドラムメジャーの次はカラーガードだよ。まち子ちゃんが目指しているのは、そのカラーガードの先頭、そしてまんなかで演技することなんだ」
ドラムメジャーの次の位置、ほかのカラーガードからは離れて、一人、旗を持って。
「自由自在に操って演技する。それでみんなの注目を集める。ほかのカラーガードも、バトンも、それにバンド全部もまち子ちゃんの引き立て役だよ。まち子ちゃんの演技を見せるために、みんなが力を合わせるんだ。もちろんドラムメジャーも、まち子ちゃん一人のために指揮する。それが、まち子ちゃんの理想。理想の、マーチングバンド。なれると思うよ、まち子ちゃんなら」
わりとすごい誇張だ。
でも、嘘ではない。
あの中学校のマーチングバンドでのまち子をそのまま延長すれば、そうなるはずだ。
それこそ「自分大好き少女」の理想じゃないか!
だから、千鶴は続けて言う。
「中学校のとき……」
「やめて!」
顔を上げたまち子は、さっきまでの笑顔の要素を残したまま、紅い頬の両側に涙の筋を作っていた。
えーっ?
また、「泣き」?
こっちこそ、やめてほしい。
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